2008年7月アーカイブ

稲盛塾長講話より

 私たちが仕事をしていく上では、その結果が見えてくるというような心理状態にまで達していなければなりません。
  最初は夢や願望であったものが、真剣にこうして、ああしてと何度も何度も頭のなかでシミュレーションを繰り返していると、ついには夢と現実との境がなくな り、まだやってもいないことまでもが、あたかもやれたかのように感じられ、次第にやれるという自信が生まれてきます。これが「見える」という状態です。
 こうした「見える」状態になるまで深く考え抜いていかなければ、前例のない仕事や、創造的な仕事、いくつもの壁が立ちはだかっているような困難な仕事をやり遂げることはできません。

 この項目を京セラフィロソフィのなかに入れましたのは、私が若い頃、研究していたときにこういう経験をし、これは事業経営を進めていくなかでもたいへん大事だと考えたからなんです。
 研究をするにあたり、私はまず、こういうものを開発しようとあれこれシュミレーションします。頭のなかで考え続けます。
  そうして来る日も来る日も考えていますと、「最初は夢や願望であったものが、真剣にこうして、ああしてと何度も何度も頭のなかでシミュレーションを繰り返 していると、ついには夢と現実との境がなくなり、まだやってもいないことまでもが、あたかもやれたかのように感じられ、次第にやれるという自信が生まれて きます。これが『見える』という状態です」ということになっていくわけです。やってもいないのに、一生懸命に考えているうちに、あたかもやったかのように なってきて、最終的にはその品物が頭のなかででき上がるんです。そしてそれが、事実リアルに見える。そこまで考え抜くわけです。

物流セミナー

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本日は物流セミナーです
4回シリーズの第1回目です
冒頭セミナーで、ご挨拶させていただきましたが、
今回のセミナーが物流研究会として、ざっくばらんに物流に関しての
意見交換、相談してもらう間柄になりたいです。

また4回皆勤のお客様には皆勤賞プレゼントしたいです。
御楽しみに
御来場の皆様、ご苦労様でした。
ありがとうございます。

セミナー内容
https://www.usknet.com/seminar/dsp.php?id=276
講師:平野コンサルタント
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稲盛塾長の講話より顔5

《 有言実行でことにあたる 》

 世の中ではよく、「不言実行」が美徳とされますが、京セラでは「有言実行」を大切にしています。
  まず自らが手を挙げて「これは自分がやります」と名乗りをあげ、自分が中心となってやることを周囲に宣言してしまうのです。そう宣言することで、まわりと 自分の両方からプレッシャーをかけ、自分自身を奮い立たせるとともに、自らを追い込んでいくことによって、目標の達成がより確実となるのです。
 朝礼やミーティングなど、あらゆる機会をとらえて進んで自分の考えをみんなの前で明らかにすることにより、その言葉で自らを励ますとともに、実行のエネルギーとするのです。

  私の年代の者達は若い頃、よく「不言実行」という言葉を聞きました。大言壮語して物を言うのではなくて、物を言わないで実行することが立派なことだとされ ていたわけです。それが立派なことだと教わったものです。ですが私は、長ずるに及んで、会社を始めてから、不言実行は立派なことだ、男は黙って実行すれば いいんだ、仕事をすればいいんだと言われていたことが、どうもそうではないという気がして、若いときから「有言実行」こそ立派なことだと思っておりまし た。
 たとえば、今期の売上げはこれだけにします、利益をこれだけあげます、と公言します。ある意味では言霊なんです。言ったことが言霊として自 分にかえってくる。自分で吐いた言葉が言霊として、エコーとしてかえってくる。それが、それを実行させるエネルギーを自分にくれるのです。
 もうひとつ、「私はこうしたい」と公言することによって、それは自分自身に対する約束にもなるわけで、黙っておれば誰にも聞こえはしませんが、自分で口に出した瞬間、それは自分自身に対する約束になるのです。又、同時に、それは責任を伴うわけです。
  幹部の人達に、朝礼やらミーティングで「私は今月、これだけの注文を取るつもりだ。そしてこれだけの利益をあげるつもりだ」と、みんなの前で言ってもら う。これはある種のセレモニー(儀式)みたいに見えますけれども、実はその儀式には非常に重要な意味があるんです。口から出た言葉がその人を励まし、その 人のエネルギーとなり、そしてそれは約束となり、責任を伴うという意味になり、その人が奮い立ち、さらに実行してくれるのです。
 仕事ができる企業は、幹部も社員も、自分から進んで目標を表現します。口で言ったことを実行するということがしばしば行なわれている企業は、非常に明るくて、前向きで、仕事がうまくいくというケースが多うございます。

稲盛塾長の講話より 
 《 自らの道は自ら切りひらく 》 

 私たちの将来は誰が保証してくれるものでもありません。たとえいま、会社の業績がすばらしいものであったとしても、現在の姿は過去の努力の結果であって、将来がどうなるかは誰にも予測できないのです。
 将来にわたってすばらしい会社にしていくためには、私たち一人ひとりが、それぞれの持ち場、立場で自分たちの果たすべき役割を精一杯やり遂げていくことしかありません。
 誰かがやってくれるだろうという考え方で人に頼ったり、人にしてもらうことを期待するのではなく、まず自分自身の果たすべき役割を認識し、自ら努力をしてやり遂げるという姿勢を持たなければなりません。

 中小企業の経営をやっていれば、これは皆さん、誰しも思っておられることだと思いますが、自らの道は自ら切り開いていかなきゃ、誰も助けてくれはせんというのは、もうご承知の通りです。
  勇気や闘争心については、そこまで思っていなかったという人もおられるかもしれませんが、誰も助けてはくれないのです。中小企業の自分の会社は自分で守ら なきゃならないということは、みんな知っています。ですから、これは皆さんに向けて言ったのではありません。皆さんの次にいる幹部の人達に必要だから、 言っているわけです。雇われの連中に、これを自覚させなければならないんです。
 皆さんはオーナーですから、皆さんは元々持っています。ところが、専務、副社長、常務、取締役、部長、課長らは、こういうことは思っていないんです。彼らはサラリーマンなものですから、社長が何とかしてくれるだろうと思っているからです。
  独立自尊の精神、つまり、自分のことは自分でしなきゃいかん、自分の食い扶持は自分で稼がなきゃならん。サラリーマンの世界でうまくいっていない会社は、 自分の食い扶持も手当てできていない社員が、つまり、寄りかかっている社員がいっぱいおるからうまくいっていないんです。自分の食い扶持を自分で稼ぐ、自 分の食い扶持を自分で稼ぐどころか、上納金を会社に納めてくれるという社員が多くいれば、この会社は非常にうまくいきます。
 私どもの会社ではアメーバ経営といって、小さな組織に分け、それぞれ責任を持って経営をしてもらっていますが、働いても働かんでも、給料は変わらず、ボーナスもあまり変わりません。
 ウチの会社は、よく頑張ったからといってボーナスをバーンと出したり、ダメだからとボーナスをガーンと減らすようなことはしていません。それは、あまりそういうことをしたのでは、人間、心がささくれ立ってしまって、人心がギスギスしてしまうからです。
 そういう人間の心がささくれ立っていくようなことはしていませんから、頑張った人も、あまり頑張らなかった人も、そう差は出ないのです。
  ところが、真面目に一生懸命に頑張っても一緒、頑張らんでも一緒、うまくサボっても一緒となりますと、そう思う人がどうしても増えてしまうわけです。そう いう人達に、自分達が経営者と同じように、オーナー経営者と同じように、自らの道は自分で切り開くんだ、自分の食い扶持は自分で稼ぐんだ、いや、自分の食 い扶持を自分で稼ぐだけでなく、自分の給料以上のものを稼いで、それを会社という集団のために貢献するんだという。ですから私どもの会社では、たとえば営 業第1課、製造第1課、第2課、それぞれ小分けにして、そこで独立採算で運用してきました。ですがそのなかで、いくらの利益が出たということを言えば、あ まりにもドギツイものですから、1時間当たりどのくらい付加価値を作ったのかという「時間当たり」という指標を使って
います。
 現在、た とえば1時間当たりの給料分を3000円としたときに、1時間5000円の付加価値を出した。3000円は皆さんの給料としてもらうべきものですから、残 りの2000円は会社に貢献したことになります。そして、それだけの貢献をしたということで、そのチームは賞賛され、表彰されるという。つまり、自分達の 給料分を遙か超えるものを稼ぎ出してくれた、集団のために貢献してくれたということで、その人達を賞賛する、褒め称えるわけです。
 自らの道は自 ら切り開くんだということは、皆さんはご承知ですけれども、幹部社員、また社員の一人ひとりにまで、こういう気持ちを持ってもらうようにしなければなりま せん。オーナーと、経営者と同じような気持ちに従業員の考え方を変えていくということは非常に大事です。もし、従業員のすべてを経営者と同じような考え方 に変えることができれば、これはもう最高に強い会社です。
 私はそれ故そういう点に心血を注いできました。つまり、自分ひとりが会社を背負って立つのではなしに、従業員の人達が私と同じくらいの気持ちでもって会社を支えてくれるような気持ちになるよう常に対話をし、そういう状態にしていきました。

闘争心を燃やす

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稲盛塾長の講話より
《 闘争心を燃やす 》
 
 「真の勇気をもつ」ということと似通っていますけれども、企業経営者は集団のリーダーですから、まさに勇者でなければなりません。リーダーとは勇者です。

 仕事は真剣勝負の世界であり、その勝負には常に勝つという姿勢でのぞまなければなりません。
  しかし、勝利を勝ち取ろうとすればするほど、さまざまな形の困難や圧力が襲いかかってきます。このようなとき、私たちはえてして、ひるんでしまったり、当 初抱いていた信念を曲げてしまうような妥協をしがちです。こうした困難や圧力をはねのけていくエネルギーのもとは、その人のもつ不屈の闘争心です。格闘技 にも似た闘争心があらゆる壁を突き崩し、勝利へと導くのです。
 どんなにつらくて苦しくても、「絶対に負けない。必ずやり遂げてみせる」という激しい闘志を燃やさなければなりません。

 闘争心、真の勇気を持っていないと、「当初抱いていた信念を曲げてしまうような妥協」をしがちになります。私はこうあるべきだという信念を持っていたのに、強い意志がないために曲げてしまうようなことがあります。
 企業経営と格闘技は関係なさそうに見えますけれども、経営者も格闘技をやる選手が持っている闘争心と同じぐらいの厳しい闘争心が要ると私は思っています。

  闘争心というのは、相手をうち負かす闘争心とは違います。この自然界の中で一生懸命生きている、植物、夏のあいだ、来たる冬に備えて目一杯に葉っぱを伸ば し、炭酸同化作用で栄養を吸収し、あの過酷な冬を耐え、春が来れば芽を出す。どの植物も、雑草がたくさん茂っていますけれども、そのすべてが一生懸命、生 きよう、生きようとして生きています。そして草は、隣にある別の草をやっつけようとは思っていません。ある草が葉っぱを伸ばし、一生懸命に生きていこうと すれば、隣の草は日陰になって枯れてしまいますから、その草も一生懸命に生きようとする。相手を負かそうとするのではありません。必死で生きようとしてい るわけです。
 自然界はみんな、闘志を燃やして一生懸命に生きているんです。そして、「もう、ダメだ」と思ったものは全部滅びていきます。自然界というのはそういうものなんです。
 誰が悪い、彼が悪いというのではありません。適者生存なんです。弱肉強食ではなく、適者生存なんです。それに合った人、合ったものが生き残ることができるわけです。
 人間も負けない努力をし、その人がこの世の中に適応して、そして適応した人が生き残っていく。努力しなかった人は絶えていきます。つまり、相手を倒すための闘争心ではなくて、必死で生きていくという闘争心、強さがたいへん大事なんです。
 《 踏んだ場数が真の勇気をつくる 》
                                
 皆さん経営者になったのですけれども、たまたまお父さんが、お祖父さんが事業をやっておられたために、世襲制として自分が継いだ。つまり、社長としての器に値するかどうかは別にして、息子だったから跡を継いだ、孫だったから跡を継いだという人が大半です。
  本当は、中小企業の社長はひとつの集団のリーダーなんですから、リーダーには勇気がなければなれないはずで、そういう資質が、そういう素質があったから リーダーとして社長に選ばれたわけではなくて、たまたま運命の巡り合わせで社長になった。そういう人が真の勇気を持っているとは限りません。
 私は京セラという会社をやってみて、局面、局面、本当に自分自身に真の勇気がなければ会社経営なんてできるものではないなということを、イヤというほど自分で感じました。
  私の場合には、小学校の頃、ガキ大将でもあり、大学時代には空手をやっておりましたので、腕っ節にもある程度の自信がありました。つまり、肉体的な強健さ がいくらかあり、蛮勇に近いほうの勇気ですけれども、そういうものが私には若干あったので、ちょっとやそっとのことではオレは負けんぞというガッツがあり ました。
 一般の人はそうではありません。かといって、オレは空手をやっておった、オレは相撲をやっておった、体が強くて向こう意気が荒い。そのために、やらずもがなのケンカを売る。向こう意気が強いものですから、それでもって失敗していくケースをいくらも私は見てきました。
  ですから経営者には、本当は細心で、恐がりというものが要るんです。経営者の素養として、「恐がり」というのは絶対条件なんです。怖がらない経営者は下の 下です。何をするにしてもビビってビビって、お金を借りるのでも怖くて怖くて、事業をするのでも怖くて怖くて。そういう恐がりの心は非常に大事なんです。 本当は小心で、恐がりという人が仕事を通じ、経験を通じて、それを私は「場数を踏む」と言っているんですが、場数を踏んで度胸ができてくる。そういう人が 真の勇気を持った人なのです。
 ですから私は、今まで会社を経営してくるときに、最初から喧嘩っ早い、度胸のある人はあまり登用しませんでした。 経営のなかでは勇気が要るとは思いつつ、本当はそういう人が要ると思いながら、そういう人はあまり登用しませんでした。本当はビビリで恐がり。その人に、 仕事を通じて場数を踏ませることによって、勇気を身につけさせるということをやってきたわけです。
 実は会社幹部の人達に、勇気というか、度胸というか、どうしてもそういうものをつけなきゃならんと、ヒシヒシと思ったことがありました。自慢にもならない話ですが、会社ができて間もない頃です。
 ちょうど夏でした、ある仕事を完成させなきゃならないというので、夜中まで仕事をし、仕事が完成して、みんなで「できた!」と声をあげて、幹部十数人で、タクシーをチャーターして、今から比叡山に登りに行きました。
 会社の費用で4、5台のタクシーに便乗して、ビールやら何やらを買い込んで比叡山まで登っていきました。深夜でした。比叡山の天辺まで登ったのです。
 そのときに、ある幹部の人が、「私は私の車を運転していきます」と言って、自分の車でついてきました。
 そして比叡山で気勢を上げたあと、琵琶湖に下りて泳ごうという話になって、タクシーにそのまま乗って琵琶湖へ下りていきました。
 そのときにオートバイに乗った暴走族らしき連中が20人ぐらい、行列を組んで走っており、ウチの幹部が運転していた車と暴走族の単車と絡まりそうになって、暴走族の連中が「あの無謀運転のヤロウ、けしからん」となって、単車で追いかけてきまひた。
 我々が琵琶湖の湖畔に乗り込んだら、そこへ暴走族の連中20人ほどがバイクで乗りつけて、我々は取り囲まれました。そして棒きれか何かを持って、「さっき、車を運転していた奴、出てこい!」とケンカを売ってきました。
 そして、ウチの幹部が引っ張り出されて袋叩きにあいそうになった時、私は飲んでいたビール瓶を握って、一緒にいる社員らに、みんなにもビール瓶を持たせて「みんなで戦おう」と。そして、私が「来てみい!」と、一番先頭を切って出ていきました。
 暴走族の連中と小一時間にらみ合い、向こうはすごんでいましたけれども、結局、その気迫に押されて退散していきました。
 この話をよく例に引いて、「仲間を見殺しにするのは耐えられない。ケンカは腕力があるから強いというものではありません。まさに度胸なんです、勇気なんです」と言ったことがあります。

  《 社長という使命感、責任感が度胸と勇気を奮い起こさせる 》

  私が皆さんに言いたいのは、全員に勇気があるわけではありません。怖いことに遭遇すれば、みんな肝っ玉が冷えてしまって、ガタガタ震えてしまう。ですけれ ども、そういう度胸のある連中と同じぐらいに戦えるかどうか。それは社長としての責任感なのです。ケンカをすればイチコロで負けるでしょう。また大きな問 題に処する度胸もありません。ありませんけれども、「私が頑張らなければ」という。たとえか弱い女であろうと、私が表に立って、私がやるという。それは何 を隠そう、肉体的な強さでもなければ、元々持って生まれた度胸でもありません。「社長」という責任感が、それをさせるのです。
 前回の話の中で「信念を貫く」という話をしました。信念ほど強いものはありません。
 私はこの会社をつくり、従業員のためにも、家族のためにも、この会社を守らなきゃならないという信念、そういう信念があれば、又は使命感、そういうものがあってはじめて人間は恐ろしいほどの勇気が出てくるものなのです。
  たまたま親父が会社を始めた為に、長男である私が跡を継ぐ羽目になった。自分にはそれだけの力量があるとは思えないけれども、しかし、親父がつくったこの 会社、従業員もたくさんいる、オレはこの会社を守らなきゃならん。その使命感が、困難な局面に立っても勇気を奮い起こさせるのです。
 社長という のは、そういう使命感、責任感というものをかねがね持っていませんと、怖いものだから逃げてしまう、逃げの手を打ってしまう。ですから、私というものは、 社長をやっている私というものはどうあらねばならんか、ということをかねて自問自答しておく必要があります。そうして自分の心を定めておくことがたいへん 大事だと思います。

真の勇気を持つ

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稲盛塾長の講話より
《 真の勇気を持つ 》

 仕事を正しく進めていくためには勇気が必要です。ふだん私たちは、周囲の人から嫌われまいとして、言うべきことをハッキリ言わなかったり、正しいことを正しく貫けなかったりしてしまいがちです。
 仕事を誤りなく進めていくためには、要所要所で正しい決断をしなければなりませんが、その決断の場面では、勇気というものが必要となります。しかし、そこでの勇気とは蛮勇、つまり粗野で豪傑と言われる人のもっている勇気とは違います。
 真の勇気とは、自らの信念を貫きながらも、節度があり、怖さを知った人、つまりビビリをもった人が場数を踏むことによって身につけたものでなければなりません。

 「勇気をもつ」ということは、経営者として非常に大事なことだと私は思います。
 社長になれば、いろんな局面で必ずどうしましょうという相談が多くあります。
 多種多様な問題があり、非常に難しい問題、困難な問題もあります。
  そのときに社長自身に勇気がないと、どうしても易しい方向を選んでしまいます。 物事を決めねばならない時、難しいこと、困難なこと、そちらを選ぶほうが 正しいのではないかと内心では思いながら、勇気に欠けるところがあるものだから、安易な方向、安易な道を取ってしまうことが、経営者の場合には多々ありま す。
 あえて真正面から困難な道を選ぶべきだったのに、あのときに怯んでしまって、どうも勇気が足らなかった。そのために安易な道を選んでしまっ た。そういうケースで、失敗していくケースが中にはたくさんあります。ですから、トップの経営者の場合には、理屈抜きに勇気が要るのです。
稲盛塾長の講話より
《 超楽観の構想から始まったセルラ-事業 》

 実例としまして、第二電電をつくって間 もない頃の話です。第二電電は国内の長距離回線をするのが仕事ですが、第二電電をつくって間もない頃に、郵政省から今の携帯電話、当時の自動車電話を開放 して、新規参入をさせようという構想が上がってきました。そのときに私は、携帯電話、今のセルラー電話事業に乗り出そうと、非常に張り切っておりました。
 当時、携帯電話というものはありません。自動車電話と言われていました。
自動車電話というのは、自動車のトランクに大きな箱、無線の送受信機を載せて、そのトランクから線を引っ張って車内に受話器が付いているというものです。
  私は半導体(LSI) パッケージを全世界に供給していましたので、超LSIの進歩の歴史をずっと見てきました。ですから、今のままで半導体が成長発展し ていけば、大きなトランクのなかに入っていた送受信機が小さく小さくなって、携帯電話のの時代が5年、いや、7,8年先には必ず来るだろうと考えておりま した。
 私なりにカンを働かせていたわけです。ですから、自動車電話の解禁をするときに、私はいの一番に「第二電電がやりたい」と手を挙げました。
 私は日本では他に誰も手を挙げないだろうと思っていましたら、トヨタが手を挙げ、結局、2社の競願になりました。
 当時、第二電電の社内で私は「自動車電話をやろう」と言ったのですが、役員会では社長以下、みんなが反対しました。
 まさに今の話です。「それはいかにムチャなことか、会長はご存知ですか。NTTも赤字ですよ。アメリカの会社もすべて赤字ですよ」と言われました。
 「第二電電という新規参入した電話事業が開業できるかできないかというところにきているのに、改めて自動車電話にお金がかかる。今、投資しているものの営業も始まっていないのにやるなんて、無謀です」と皆に反対されました。
 そのときにひとりだけ、郵政省から来た、元々事務屋だった人が私の意見に賛成してくれました。先ほど言った、超楽観的というやつです。
 その人は役員ではありませんが、総スカンを食っているところに、ただひとりの援軍ですから、私も「おまえはいいことを言ってくれる。みんな反対なら、おまえと二人でやろう」と言いました。
 そう言って始まったのが、第二電電の携帯電話事業なんです。もう語り草になっております。
 しかし、「おまえと二人でやろうな」と言って始めましたが、実際にやる段階では、反対した連中を全部メンバーに加えていきました。そして、それを完成させていったのは、最初に反対した連中でした。
稲盛塾長の講話より
《 計画を立てるときは「どのくらい難しいか」を綿密に 》

 昔のことですから、技術もない、設備もない時に、私は、お客さんに注文をもらいたいが為に「何でもできます」と大ボラを吹きました。
 たとえば、東芝に行って私は次のように言いました。
「当社は技術が揃っていますよ。素晴らしい技術屋もいますし、ですから、東芝さんが新しい真空管を作るために必要な絶縁材料は何でも作れます」
 設備も技術もないのに、「当社では出来ます!」とウソを言って注文を頂いてくるのです。
 私が会社に帰り注文の話を皆にすると、一応皆専門家ですので、その難しさが判り、皆「出来そうもない」と怯えてしまいます。
 しかし怯んでしまったのでは取っかかりも出来ませんから、それをやろう、やれそうだと思うためには、まず楽観的に思わなきゃいけないのです。
  では、頭もあまりよくない、そして楽観的で明るい連中だけで仕事をやっていけばいいのかというと、そうではありません。まず、その連中が「やりましょう、 やりましょう」とみんなの雰囲気を作り、次に、それを本当に成功させていくために、細かい計画を練るときに選手交代をさせるのです。
 明るく、やりましょう、やりましょうと言った連中にやらせるのではありません。計画のときには選手交代をして、ニヒルな連中、ちょっと冷たそうな連中に計画をさせるのです。
 私が、彼らを呼んで、「これをやることに決めた」と言い、そして、「決めたので、それがどのくらい難しいか、全部出してみなさい」と言うと。
 彼らから、「決めたといってもそれはあまりにも無謀です、こういう問題があります、ああいう問題があります」と、次々に出てきます。
  また、「当社にはこういう技術がありません、ああいう設備がありません」と、ネガティブなこと、マイナスなことを彼らは言います。いや、全部言わせるわけ です。 そして、私はそのできないことを全部、自分の頭のなかの一覧表に書き込みます。「なるほどな、これは気が付かなかった、そんなことがあるのか、あ んなこともあるのか、ホントにこれは難しいな」というふうに、私自身、改めて難しさを頭に入れてから計画を練り直します。
 私は、計画を練るときには、最初に「ハイハイ」と相づちを打った連中を入れ、
「やりましょう、やりましょうと言ったけれども、実はこういう問題点があるぞ」と問題点をダーッと挙げて、「そういう問題点があるけれども、これをやるんだ」と言い。決めれば後へは退かず、逃げ道をなくしながらも、楽観的に実行して参りました。
  どこにどういう障害があり、どんな問題があるのか、全部頭に入れた上で、今度は実際に仕事を始めていきます。仕事を始めだしたら、また楽観的に実行してい きます。 当然問題が起こります、が、やっはりあの問題が起こったかと悲観的になったのでは一歩も進めなくなりますから、「それは、元々からそういう問題 が起こることはわかっていたではないか。承知の上じゃないか」と私は発破をかけ、どんな困難があろうとも楽観的にやって参りました。
 楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行するということは誰も言っておられませんけれども、これは新しいことを成すための絶対条件だと私は思っています。
  大企業がベンチャーをできないのは、まさに頭のいい人ばかりいるからなんです。賢い人ばかりいますから、最初からネガティブなこと考えてしまう。つまり、 どのくらい難しいか、どのくらい無謀でムチャなことなのかということから考えてしまって、それを成功させるための法則を知らない。そのためにうまくいって いないのが、一般の大企業の例なんです。
 これは非常に大事なことです。大企業は最初の構想を練るときに悲観的に考えるものだからできない。
稲盛塾長の講話より
 
《 楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する 》

 新しいことを成し遂げるには、まず「こうありたい」という夢と希望をもって、超楽観的に目標を設定することが何よりも大切です。
  天は私たちに無限の可能性を与えているということを信じ、「必ずできる」と自らに言い聞かせ、自らを奮い立たせるのです。しかし、計画の段階では、「何と してもやり遂げなければならない」という強い意志をもって悲観的に構想を見つめなおし、起こりうるすべての問題を想定して対応策を慎重に考え尽くさなけれ ばなりません。
 そうして実行段階においては、「必ずできる」という自信をもって、楽観的に明るく堂々と実行していくのです。

  「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」とはどんな意味だろうと、皆さんはお考えだと思いますが、皆さんは経営者であり、社長ですから、今 度はこういう仕事をしよう、こういう新製品を開発しよう、こういうマーケットでこういうものを売ってみよう、こんなことをしてみよう、ということを必ずお 考えになるはずです。そういうことを思い付くと、当然部下の人達に集まってもらって、「実はこういうことをしようと思うが」と仰るはずです。
 こ のフィロソフィのなかにもたくさん出てくるんですが、私は常に創造的なことを考えていこうとします。昨日よりは今日、今日よりは明日と、次から次へと新し いことを考えていくことが私の習い性になっておりますし、それが京セラのこんにちの大きな発展につながってきました。
同時に、京セラがこんにちまで素晴らしい技術開発をしてきましたのも、すべて「今日よりは明日、明日よりは明後日」と毎日、新しいことを考えよう、考えようと努力してきたからです。
  そういう私ですから、当然「こんなことをしたい」となってきます。最初の頃、幹部3、4人を集めては、よく「昨日思い付いたんだけども、こんなことをしよ うと思う。どうだ?」と聞いておりました。若干難しいこと、今までやっていないような新しいことを考えつくと、必ずみんなに聞いておりました。
 もちろん、そういうことを相談するのは、当社の社員のなかでは一番優秀な連中です。昔ですから、そんなに優秀な人がいたわけではありませんが、相談しました。
 私が優秀な人たちに「実は夕べ、こんなことを考えた。こういうもので、ああいうもので、こんなことをしたいと思うのだが」と、思いが高じて情熱をもって話をすると、必ずといっていいくらい、頭の良い人は冷ややかな目で聞いているのです。
しかし彼らは、「我が社はお金もないのに、技術もないのに、とんでもないことを言い出す」というような顔で、冷ややかな目で私しを見ているのです。
 私は冷ややかな目で見られているものですから、私は一生懸命に情熱を込めて、「そうだろ?」と言う。相手が「そうだ」と頭を振るまで、一生懸命に話をしました。
  私が一生懸命に説得をし、皆が聞いてくれているようだから、わかってくれたのかなと思うと、突然、賢そうな社員が口をついて「いやあ、さっきから聞いてい ると、社長が言われることは、それはそうかもしれないが、いかに仰っていることが無謀なことか、社長はご存知ないんじゃありませんか。その問題は法律的に 禁止されていてて、してはいけないことになっています」と言われました。
 私は法律も何も知らず、調べもしないで、自分でやりたい、やりたいと思うことだけを言っていますから、私の考えがいかに難しいことなのか、いかにとんでもない計画なのか、まったく判らず、反論され、理由を聞くと、私はもう愕然としました。
 このようにして物事が進まなくなってしまうというケースがよくありました。
  私は、頭のいい人達が私のブレーンで、側近でいるということは、非常に大事なことだ、いいことだと最初の頃は思っていたのですが、どうもおかしいのではな いかと思って、あるときから新しい仕事をするときには、賢い人を呼ばないことにしました。ちょっとオッチョコチョイで、ゴマスリで、すぐに私が言うことの 尻馬に乗って「直ぐ相槌をうつ人」そういう人、後先のことも考えないでオベンチャラを言うタイプの人を集めて話をし始めるようにしたわけです。
 私が話をしても皆物わかりが非常によくて、「ハイハイそれは面白いですな。やりましょう、やりましょう」と言ってくれて、私は大変気持ちがいいのです。
 それは非常にムチャクチャに見えるんですが、実は物事を成就し、物事を考えていくときには、そういうものが要るんです。ですから「楽観的に構想し」というのは、バカみたいに楽観的に、構想を練るときには考えましょうということなのです。
 私が、まだ若い、生意気な頃、日立の研究員、200、300人の前で話をしたことがあります。
  「賢い人ばかりでは、ベンチャーなことはできないでしょう。あまりにも賢いから、最初にそれがどのくらい難しいかということを考えてしまうから、取りかか ることもできないのです。本当はどんなに難しいことでも、まず始めなければ成功というものはないのです。どんな難しいことでも、まず最初は着手しなければ ならない。ところが、あまりにも賢いものだから、それがいかに難しいかを知りすぎてしまって手も出なくなる。着手もできない。物事の成功、失敗は、まず手 がけなきゃならないのです。手がけるためには、そういう賢い人は要らないのです」
 私はそういう無茶なことを言って顰蹙を買ったことを覚えておりますけれども、物事を構想するときには「超楽観的」なのです。
 私はそのときに、こういうことも言いました。
 「構想を練るときには、あまり勉強しなかった、気分だけいいという奴を集めて相談をするのが一番いいと思います」
  物事を考えるときには、最初はまず超楽観的に考えるのです。どんな些細に見えることでも本当は難しいんですけれども、それを「やれる」と自分で思い込まな ければいけませんし、周囲の人も「やれる」と思わなければいけません。そのためには難しいことを考えない、ということです。

信念を貫く

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稲盛塾長の講話より
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(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)

 仕事をしていく過程には、さまざまな障害がありますが、これをどう乗り越えていくかによって結果は大きく違ってきます。
  何か新しいことをしようとすると、反対意見やいろいろな障害が出てくるものです。そのようなことがあると、すぐに諦めてしまう人がいますが、すばらしい仕 事をした人は、すべてこれらの壁を高い理想に裏打ちされた信念でもって突き崩していった人たちです。そうした人たちは、これらの障害を試練として真正面か ら受け止め、自らの信念を高く掲げて進んでいったのです。
 信念を貫くには大変な勇気が必要ですが、これがなければ革新的で創造的な仕事はできません。

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 「信念を貫く」とは、「信条を貫く」という言葉にかえてもいいかもしれません。信念を貫くには、貫くべき信念を持っていることが必要ですから、まずもって信念を持つことが大切だという前提が、この項目にあるのです。
  よく文化人と称する人たちが我々企業人を軽蔑して「所詮は中小企業で、利益を追求している卑しい連中ではないか。」と言わんばかりの評論を書いたりしてい ます。もし我々が事業経営をしていくとき、ただ単にお金を儲けたいがために事業をしているとすれば、これはいかがなものかと思います。  
 とこ ろが、ただ単に儲ける儲けないという問題ではなくて、私はこういう信念で企業経営をやっていきますという人の場合、────たとえば、私は人間として何が 正しいのかということを貫いていくのです、その結果、私は事業を繁栄させていき、そのなかで従業員を幸せにすると同時に社会のためにも貢献し、併せて私自 身も幸せになっていこうと思っているのです。今儲かるか儲からんかというショートレンジに考えるのではなく、人間として何が正しいのか、社会にとって何が 正しいのかという理念を持っている、そしてその理念を信念にまで高めて持っているのです。
 人間というものは面白いもので、どんな困難に遭遇しようとも、自分を励まし、自分をそれに向かわせていくものは信念なのです。要はその信念があるかないかということなのです。
  それに近いものに信仰があります。たとえば、隠れキリシタンの人達に踏み絵をさせる。そして十字架を踏むことができない人、自分の信仰・信念を偽ることが できない人が死んで行きました。つまり、命を落としても構わないというものが信仰であり、信念なのです。信念に殉じて命を落とした人はたくさんいます。人 間に最も勇気を与えるものが信念なのです。ですから戦をする時、明治維新でも第二次世界大戦にしても昔から大義名分を押し立てたのです。
 
  この厳しい経済環境のなかで中小企業を引っ張って生きていくには、本当に命をかけて戦わなければなりません。その命をかけられるのは、「なぜオレは経営を するのか」という素晴らしい信念を持っているからです。最初はお父さんがやった事業を継いだというだけで、別に信念があったわけではないんですが、盛和塾 で勉強をし始めて、「オレはこの会社を通じて従業員を幸せにし、できれば地域社会にも貢献し、社会の発展に貢献したいと思う」という理念を確立し、その理 念を信念にまで高めて持つことが必要なのです。


 脱線しますが、たとえば従業員を10人、20人抱えて経営をしているとします。 特にこういう時代になれば、従業員の生活を守るだけでも社会的にたいへんな貢献をしているのです。そのことをガッチリと思っていますと、たとえヤクザ者が 脅しにきても、本当に勇気を奮い起こして立ち向かっていく事ができます。親の事業を継いで、そして従業員を守らなきゃならんと思った瞬間から度胸が決ま る。怖いけれども、それに負けていたのでは自分の従業員を路頭に迷わせてしまうと思った瞬間、ヤクザにも負けんぐらいの勇気が出てくる。また、身体は小さ いけれども、その気迫に押されてヤクザでも手が出ないという。それが「真の勇気」なのです。
 真の勇気とは、大義名分や信念を持った人でなければ出てこないのです。打算や損得勘定だけでは、そんな強いものは出やしないのです。
  よく「私は信念を持っています」と言います。「私は信念を曲げることができません。だから、ヤクザが何と言おうとそれはできません」と言います。本来な ら、気の弱い男で、ひとりだったら簡単にヤクザの言いなりになるところを、信念、大義名分を持つことによって「一切それはできません! 私には信念があり ます。信念のために殉じます」という勇気にもなっていくのです。
 先ほど、技術があったわけでもないのに、私は電気通信事業に出ていったという話 をしましたが、いざ私がのり出した時にはたいへんな大問題がいっぱい待ち受けていました。それに挫けないでやり通していったのは、「NTT独占のなかで、 日本の一般大衆は高い通信料金を取られている。私が電気通信事業に乗り出して、日本の通信料金を安くしよう。国民のために私は立つんだ」という信念を貫く という一点があったからです。そういう大義、信念を持って電気通信事業に乗り出しましたから、どんな問題に当たろうとも、凄まじい信念で貫いていったので す。
単なる事業欲でもって金儲けをしよう、通信に手を出して成功すればお金儲けになる、いや、それをやって有名になろうという名誉欲でやっていた なら、いろんな局面で妥協したでしょう。または圧力がかかってくれば、ヒョイヒョイと身をかわしながらうまくすり抜けていこうとしたでしょう。ですが私に は、通信料金を安くして、国民の負担を軽くしてあげようという信念がありますから、どんな障壁があろうとも、ビクともしないで貫いていけたわけです。



   先ほど、勇気、忍耐、努力と言いましたが、経営者にとって勇気は非常に重要なものなのです。勇気というものは、肉体的な強健さと比例しています。健全な精 神は健全な肉体に宿ると言われるように、口喧嘩にしても取っ組み合いのケンカにしても体力的に自信がなければ男でも女でも怖いものです。 だけれども、経 営者やリーダーほど勇気の要る仕事はないのです。ですから、本当にか弱い非力な肉体しか持っていなくても、ケンカなんかしたことがなくて、年中負けてばか りで泣かされてばかりいたというのでも構いません。だけれども、信念で固めてビクともしないこと。たとえ誰が相手でも、「自分の家族と従業員を守るために は、私は命を捨てても構わない」と立ち向かっていきさえすれば、ビクともしないのです。それは怖いかもしれませんが、信念というもので裏打ちをして度胸を つけるということが必要なのです。



 第二次世界大戦の時、私は中学生でしたが、『アメリカはデタラメな国なのだ、利己的で、資本主義だけれども、日本は天皇制の下で礼儀正しい国だ』とか、そんなことばかり教えられました。
  ところが、そのアメリカが戦争では強いのです。たしかに資本主義で利己的で、当時の日本と較べればいくらかデタラメな国がなぜあんなに強かったのか、私は たいへん疑問に思っていました。ですから戦後、アメリカで会社をつくった時に訊いてみたのです。するとアメリカの軍隊は言葉も通じない連中の寄せ集めだっ たのです。色んな種類の人がいる非常にまとまりのない軍隊です。その中で彼らは、あの星条旗の旗の下、「このくらい自由な国はないでしょう」と言ったので す。確かに英語が喋れなくても住めるのですから、自由でたいへん住みやすい国です。当時、日本はファシズム、ドイツもイタリアもファシズムです。専制国家 でお上がいて、一般市民、一般大衆が虐げられていた時代に、アメリカぐらい自由な国はありません。「国民の、国民による、国民のための国家、自由な国家ア メリカ。世界をみても、これほど自由な国はないでしょう。この自由な国家を日本やドイツに踏みにじられたら、二度とこの自由は得られません。わが自由な国 家アメリカを守るために銃を取りましょう」と言ったのです。
 素晴らしい大義名分です。そういうものを押し立てていったときに、はじめて、雨あられと降り注ぐ弾のなか、命をかけて戦う闘志が現れてきます。ですから、「信念」はたいへん大事な事なのです。
 まずは信念を持つこと。そしてその信念を貫く、信念に殉ずることはたいへん大事だと思いますので、頑張っていただきたいと思います。


  冒頭に言いましたように、今日は京セラフィロソフィの第2章「素晴らしい人生を送るために」のなかにある、第4節「新しいことを成し遂げる」という項目か ら五つを解説しましたが、この5項目はたいへん大事なことです。新しいことを成し遂げるためには非常に必要なことだとして申し上げたわけですが、サミュエ ル・ウルマンが書いた「青春」という詩があります。皆さんもご存知かと思いますけれども、今日私が言いましたことが、そのなかに全部入っております。少し 読んでみます。

青春とは人生の或る期間を云うのではなく
心の様相を云うのだ
優れた創造力 逞しき意志 燃ゆる情熱
怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心 安易を振り捨てる冒険心
こういう様相を青春と云うのだ


  私は今日、いろんなことを申しました。情熱が要りますよ、熱意が要りますよ、開拓者でなければいけませんよ、冒険心がなければいけませんよ、創造力が要り ますよ、チャレンジ精神が要りますよ、可能性が要りますよ────と、いっぱい言いました。つまり、「新しいことを成し遂げる」という項目のなかで申し上 げた五つは、まさにサミュエル・ウルマンが言った「青春」という詩のなかに出てくることなのです。サミュエル・ウルマンは「青春は年齢ではなく、心の状態 を言うのだ」と言い、「優れた創造力、逞しき強い意志、燃える情熱、卑怯さを退ける勇猛心、ええ加減でダラダラした生活を振り捨てる冒険心、こういう様相 を青春と言うのだ」と言っています。青春でなければ、新しいことを成し遂げることはできないのです。


年を重ねただけで人は老いない
理想を失うときに初めて老いがくる
歳月は皮膚の皺を増すが
情熱を失うときに精神は萎む
苦悶や 狐疑や 不安 恐怖 失望
こういうものこそ恰も長年月(ながねんげつ)の如く人を老いさせ
精気ある魂をも芥(あくた)に帰せしめてしまう
年は七十であろうと 十六であろうと
その胸中に抱きうるものは何か
曰く 驚異への愛慕心 空にきらめく星辰
その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰(きんぎょう)
事に処する剛毅な挑戦
小児の如く求めて止まぬ探求心
人生への歓喜と興味
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる
大地より 神より 人より
美と喜悦 勇気と壮大 そして偉力の霊感を受ける限り
人の若さは失われない
これらの霊感が絶え
悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽(おお)い尽くし
皮肉の厚氷がこれを固く閉ざすに至れば
このときにこそ人は全くに老いて
神の憐れみを乞うる他はなくなる

  まさに「青春」という詩に凝縮されたこと、それが新しいことを成す要素です。青春とは齢ではありません。心の様相を言うのだとサミュエル・ウルマンも言っ ていますので、ぜひ新しいものを成すに値する、今日の五つの項目を忘れないで仕事に励んでください。   
稲盛塾長の講話より
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もうダメだというときが仕事のはじまり
(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)

 ものごとを成し遂げていくもとは、才能や能力というより、その人の持っている熱意や情熱、さらには執念です。すっぽんのように食らいついたら離れないというものでなければなりません。もうダメだ、というときが本当の仕事のはじまりなのです。
 強い熱意や情熱があれば、寝ても覚めても四六時中そのことを考え続けることができます。それによって願望は潜在意識へ浸透していき、自分でも気づかないうちに、その願望を実現する方向へと身体が動いていって、成功へと導かれるのです。
 すばらしい仕事を成し遂げるには、燃えるような熱意、情熱をもって最後まで諦めずに粘り抜くことが必要です。

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  私が30代の頃、日立の研究所の人達200人ぐらいの前で「研究開発のやり方」というテーマで話をしたことがあります。日立は技術的にもたいへん優れてい て、研究者の人達に博士号を取ることを推奨していました。ですから、聞きに来ていた200人の研究者のなかには博士号を持った人がたくさんいました。
 私が話し終えたとき、「京セラでは研究開発をした場合、どのくらいの成功率ですか?」という質問がありました。当時は私が直接に研究開発を指揮していましたので、「京セラは成功するまでやりますから、ウチでは研究したものは大体全部うまく行っています」と答えました。
  そうしたら、みんな笑うのです。「なんや、そんなもん当たり前やないか」という笑いです。しかし、もうダメだというときが仕事の始まりだという哲学がウチ にはありますから、もうダメだということがない。研究を始めたら、成功するまでやり抜く。だからウチの研究は100%成功しますよという意味で言ったので す。
 ただし、100%成功したわけではありません。事業でも、とことんまでやって、やっぱりこれはダメだからとやめたものも、二つ三つありま す。ですが、もうダメだというときが仕事の始まりだということは私の根本的な信条になっていますから、今でもとことんやり抜いています。



 普通なら諦めているのに、粘って粘って成功させるという戦法を取ることは、人生ではどうしても必要なのです。ところが、粘れないケースが大半です。
 大体研究をやめるのは、資金が続かないからなのです。日立でも東芝でも、どこでもそうです。成功するまで続けるのは、続けるだけの資金的な余裕があるからです。つまり、元々余裕のある経営をやっていなければ、こんな事はできないのです。
  京セラフィロソフィのなかに「常に土俵の真ん中で相撲をとれ」という言葉があります。土俵の真ん中で相撲をとっていますと、まだ後ろがあって余裕がありま す。徳俵に足がかかっていないから続けられるわけです。ところが一般の人が「もうダメだ」というときは、本当にダメなのです。足が俵から出ているのです。 それでも「まだ頑張ります!」と言ったところで、行司が「ハイ、お終い」と言っているのですから、いくら粘ろうと思っても粘れません。ですから、ここで言 う「もうダメだというときが仕事の始まり」というのは、本当にダメになっていない状態です。余裕がなければならないということです。



  事業でも、もうダメだからやめようかなと何回も思うのですが、それでも粘って続けていくけるのは、余裕があるからなのです。たとえば今、親から引き継いだ 事業があって、その他に自分で新しい事業を手がけているとします。そしてその新しい事業が若干の赤字を出している場合に、本業で十分に利益が出ているから 頑張っていけるという場合です。または、この事業を5年やったけれども、やめようかなと思っているけれども、もうちょっと頑張ってみようと思っている場合 です。この赤字のために本業までダメになってしまっているようでは、それは続けられないのです。
 しかし創業のときのことを考えてみますと、余裕があったわけではありません。たとえば、私を支援してくれた8人の仲間と一緒に京セラをつくった時、その時は「稲盛和夫の技術を世間に問うための場として京セラをつくる」という目的だったのです。
  私がサラリーマンで勤めていたとき、私は一生懸命にいい技術開発をしました。けれども会社の上層部でそれに反対する人がいたり、世間の学会でも学閥があっ て、地方大学を出てボロっちい会社の研究所で研究している人間の論文なんて軽く見られる。そういうことがあったりして、どうもうまくいきませんでした。で すから、今度新しくつくった京セラという会社は、稲盛和夫の技術を世間に問う場にしようという事でつくってもらったのです。
 その仲間達はこうい うことを言ってくれました。『もし会社がうまく行かずに潰れた時には、私を除いた7人の仲間で日雇い労働に行って、日銭を稼いででもいいから、私に研究を 続けさせよう。そして何年か後、必ず私が研究した成果を引っ提げて稲盛和夫の技術を問おう』。実はそういう約束で会社が始まったわけです。
 まさに最初のときから、「もうダメだというときが仕事の始まり」であったわけです。会社をつくるときから仲間同士でそのような約束事を交え、そのような思想でやってきたのです。



  また、私が常に考えている事にこのようなことがあります。たとえば仕事が非常に厳しい状態になり、「車もサラ金に取られてしまったし、何もなくなった。 残ったのは借金と3人の従業員だけだ。だからもう諦めました」と言う人がいますが、そういうことを聞くと、まだ足があるではないか、と思うのです。自動車 がなければ走り回れないと思っているからで、自転車で走れば仕事ができるではないか、と思うのです。
 つまり、自分で限界を作ってしまっているのです。車がなければ私の商売ができないという限界を作っているものだからできないのです。無一文でも頑張ればいいのです。
  私は先ほど、もうダメだというのは余裕があってのことだと言いましたが、余裕がない場合でも、裸一貫までいけのです。「いくら借金取りでも命までは取らな い。まだ五体が残っているではないか、オレはそれで頑張る」という気持ちが要るのです。本当は余裕がなければいけないから「五体が残っておるやないか」と いうのは自爆型です。余裕は必要ですが、「もうダメだというときが仕事の始まりだ」というのは、裸一貫までいってもまだ粘るということなのです。

開拓者であれ

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稲盛塾長の講話より

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開拓者であれ
(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)

 京セラの歴史は、人のやらないこと、人の通らない道を自ら進んで切り開いてきた歴史です。誰も手がけたことのない新しい分野を開拓していくのは容易ではなく、海図や羅針盤もない状況で大海原を航海するようなものです。頼りになるのは自分たちだけです。
 開拓するという事は大変な苦労が伴いますが、反面これをやり遂げたときの喜びは何ものにも代えがたいものがあります。このような未踏の分野の開拓によって、すばらしい事業展開ができるのです。
 どんなに会社が大きくなっても、私たちは未来に夢を描き、強烈な思いを抱く開拓者としての生き方をとり続けなければなりません。

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  ここでは「常に開拓者であれ」ということを言っているのですが、このなかに「海図や羅針盤もない状況で大海原を航海するようなものです。頼りになるのは自 分たちだけです」という言葉があります。私は大学を出て焼き物の会社に就職をしましたが、元々その業界を知っていたわけでもありませんし、専門分野におけ るたいへん偉い先生がいたわけでもありませんから、自分が研究する方向を「この方向だ」と教えてくれる人もいませんでした。結局手探りで自分の道を歩かな ければならず、真っ暗闇のなかを海図も持たずに航海するようなつもりで、私は会社経営をやってきました。研究の場で歩くのも、人生を歩くのも不安でした。 それを、こんな風に例えたのです。

 私は道とも思えないような、田んぼのあぜ道みたいなところを歩き始めた。ぬかるんでいて、ツルッと 滑っては田んぼに足を踏み外したりしながら歩いている。カエルが飛び出してきたり、ヘビが出てきたりもする。フッと横を見ると、舗装されたいい道路が通っ ている。車もビュンビュン通っているし、その道を歩いている人もいる。その道を歩けばもっとラクなのに────。

 「舗装されたいい道」というのは先生が教えてくれた道、または方向のことです。あるいは、みんなが通っている道です。

  土手を少しよじ登って、舗装された道路を歩けばいいんだけども、あんな道は歩きたくない。あの道路はみんな靴を履いているけれども、こっちは裸足だし、靴 も買ってもらっていない。夏の暑い日には焼けたアスファルトの上を裸足では痛くて歩けない。それよりはあぜ道のほうがいい。
 また人が研究すると ころを歩いていたら、下を向いて歩いても何も落ちてはいないだろう。研究だから、新しいものを発見しなければならないけれども、人がいっぱい歩いているの だから、何にもないだろう。それよりは泥田のあぜ道のほうが、まだ研究するのにはいい。人が通らない道だから、いろいろ新しいものが見付かって研究も進む だろうし、面白いだろう。
 どっちへ行けばいいかわからないけれども、こっちは足を踏み滑らして泥まみれになって歩かなければならないけれども、だけどオレはこっちを歩こう。

 大学を出て2、3年の頃でした。26歳ぐらいの頃、そういうイメージを自分で描いて、おそらく私は一生道のないところを歩くだろうと思っていましたし、また歩くべきだろうと考えていたのです。



 このように考えて、ずっとその道を自分で好んで歩いてきました。まさに海図も羅針盤もない道を歩いていくという感じです。
  あてにするものもなく歩いていくと、やがて小川にぶつかります。その小川を右に曲がるのか、左に曲がるのか。それとも小川を突っ切って、川のなかに入って 真っ直ぐ行くのか。川の深みがどのくらいなのかわかりませんから、ヘタすると溺れるかもしれません。つまり、判断をしなければならないのです。
一 般には、研究をする場合でも、人生を歩く場合でも、海図や羅針盤を持っていて、それを見ながら「こっちへ行ったら危ないな。あっちへ行こう」となります。 それは誰かが通ったことがある道だから地図があり、道路標識が置いてあるのであって、誰も歩いたことがないところには、そんなものはありません。それでも 私は25、26歳のときに歩こうとしたのです。そういうときには、地形を見てどちらに行くか考えなければならないのですが、なかなかできるものではありま せんでした。
今は地形という例えをしましたが、実際に仕事の面では、技術的な開発があります。その技術的な開発で行き詰まる。その時にどちらに行 こうかとなるわけです。そのときに、「自分の心のなかに羅針盤が必要だ」と思い、その羅針盤を、研究の場合にも京セラフィロソフィとしたのです。
 研究の場合に京セラフィロソフィなんて羅針盤になるわけがない、とお考えでしょう。ところが、実は羅針盤となったのです。
 
  私はよく「人間として何が正しいのかということが京セラフィロソフィの原点です」と言っています。または「動機善なりや」「利他か利己か」ということもよ く言っていますが、つまり、何が善なのか、何が人間にとって善きことなのか、何が利他なのか、利己なのか。そういうことを、技術開発に行き詰まってどっち へ行こうかとなった場合でも、判断基準にしたのです。
 たとえば、ラクそうに見えるから、こっちの研究を取ろうとした。これは自分に都合がいいわ けですから利己です。この研究をこっちに進めて、それがみんなのためになるのなら、そっちを選ぶ。つまり、善なのか悪なのか、または利己なのか利他なの か。研究の場合でも、そういう基準で行く先を選んでいきました。そして、それで間違いがなかったわけです。
 誰にも教わりませんから、自分自身で 心を鎮め、純粋にして、すべての方向を自分で考えるということを今日までやってきました。それはたいへん厳しい生き方です。ですが、そういうことをやって きたものですから、岐路に立ったとき、心を落ち着かせて静かに物事を考えようという習慣がつきます。そして、私の場合には素晴らしいカンが冴えるように なってきました。つまり、心を鎮めて物事を考える、考え抜くということが習い性になって、鋭い感覚、カンが冴えるようになってきた気がします。実際、その 冴えたカンで物事を決めてきました。
 この場合の「カン」は、当てずっぽうのものではありません。相当研ぎ澄まされ、洗練されたものです。そのカンでもって、海図も羅針盤もない、地図のないところを歩いてきたように思います。

チャレンジ精神を持つ

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稲盛塾長の講話より
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チャレンジ精神を持つ
(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)

人はえてして変化を好まず、現状を守ろうとしがちです。しかし、新しいことや困難なことにチャレンジせず、現状に甘んずることは、すでに退歩が始まっていることを意味します。
  チャレンジというのは高い目標を設定し、現状を否定しながら常に新しいものを創り出していくことです。チャレンジという言葉は勇ましく、非常に快い響きを 持つ言葉ですが、これには裏付けが必要です。困難に立ち向かう勇気と、どんな苦労もいとわない忍耐、努力が必要なのです。
 自分達にはとてもできないと言われた難しいものをつくるというチャレンジの連続が、京セラを若々しく魅力ある会社にしてきたのです。

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  我々はよく「チャレンジ」「挑戦」「挑戦しよう」ということを言います。挑戦とは、言葉をかえれば対抗心、闘争心、つまり戦うということと同じです。「何 々にチャレンジをしよう」と言えば、非常に快い響きがあります。しかしそれは、戦うということを意味するのです。ですから、京セラフィロソフィにも書いて あるように、そこには常に裏付けが必要です。チャレンジをするタイプの人は、どんな困難にも立ち向かう勇気、そしてどんな苦労も厭わない忍耐と努力が必要 です。つまり、どんな困難にも立ち向かっていくという勇気のない人、またはどんな苦労も厭わずに努力をするということのない人の場合には、チャレンジをし てはいけないのです。そういう人が「フィロソフィで言われているからチャレンジ精神を持とう」と軽々に挑戦しますと、とんでもない大失敗をしてしまいま す。挑戦をして、どんな障壁にぶち当たろうとも、それに耐えて努力をしていくというタイプの人でない限り、チャレンジしてはいけません。常に新しいことを 成し遂げるためにチャレンジしているのが経営者なのですから、経営者には勇気がなければいけませんし、誰にも負けない忍耐力が要りますし、誰にも負けない 努力家でなければいけないということになります。チャレンジをする、挑戦をするということは、まさにそういうものを持っている人でなければ、軽々に言葉に してもいけませんし、挑戦をしてもいけません。現状維持でいいのです。
 チャレンジとは対抗心、闘争心みたいなものだと言いましたけれども、同時 にこれは、野蛮、野性、野性味あふれた挑戦、バーバリズム(野蛮主義)、バーバリアン(野蛮人)とも言い換えられると思います。野性的で野蛮的なところが あるものだから挑戦をする。そういう意味では対極にある文明人、教養人はあまり挑戦なんてしないのかもしれません。
 世界史の文明の興亡を見て も、必ず野蛮人に文明人が滅ぼされています。たとえばローマが滅びていくのも、ゲルマンの野蛮人が勢力を持って潰していく。または蒙古系がヨーロッパを席 巻し、文明を滅ぼしていく。つまり、文明と野蛮が対立したときには、文明の度合いも知識も高い方が勝たなければならないのですが、必ずチャレンジ精神を 持っている野蛮が勝つのです。それは闘争心が、文明人なんかよりは遙かに強いからです。
 新しいことを成し遂げていくためにはチャレンジ精神を持つことがたいへん必要だと言っているのが、この項目です。
稲盛塾長の講話より

京セラフィロソフィの第2章「素晴らしい人生を送るために」の中にある第4節「新しいことを成し遂げる」の2番目「人間の無限の可能性を追求する」から

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人間の無限の可能性を追求する
(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)

 仕事において新しいことを成し遂げられる人は、自分の可能性を信じることのできる人です。現在の能力をもって「できる」「できない」を判断してしまっては、新しいことや困難なことなどできるはずがありません。人間の能力は、努力し続けることによって無限に広がるのです。
 何かをしようとするとき、まず「人間の能力は無限である」ということを信じ、「何としても成し遂げたい」という強い願望で努力を続けることです。ゼロからスタートした京セラが世界のトップメーカーになったのは、まさにこのことの証明です。
 常に自分自身の持つ無限の可能性を信じ、勇気をもって挑戦するという姿勢が大切です。

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   人間の無限の可能性を追求するということは、「人間の無限の能力を信ずる」と言い換えてもいいかもしれません。つまり「人間は誰でも無限の能力を持ってい ます。それは自分で自覚をしていないかもしれませんが、それを信じてください」という風に、冒頭の言葉を換えてもいいかもしれません。
 例えば学生時代それほど優秀ではなかった。試験でもヤマが外れて0点であったりした。その実績から見れば、無限に近い能力があるなんてことは信じられません。ですがあえて、私は「無限の能力があると信じなさい」と言うのです。
  これは矛盾であり、100人にそういうことを言っても、誰も信じません。しかし、だからこそみんな偉くならないのです。なんでもいいからそれを信じる人が ひとりでもいたら、その人だけ偉くなるのです。自分が元々できなかったのに、「オレには無限の能力があるんじゃなかろうか」と急に信ずるわけですから、そ れはよほどのオッチョコチョです。そのいい加減な奴になれ、ということを今から説こうというのです。


 能力というものは、なにも頭だけではありません。私が使う「能力」とは、肉体的な能力もすべて含めた、社会における能力ということです。
 一般には「能力が無限である」ということは信じられません。ですから、「能力は進歩する」「能力は磨けば向上する」と言い換えてもいいかもしれません。
  今健康でも朝晩に運動をしたり常に気を付ければより一層健康になるはずですし、肉体的な能力にしても、トレーニングをすれば更に強くなっていくはずです。 頭もそうです。磨かなかったから進歩しなかった、向上しなかっただけで、「自分の能力は無限であることを信じよう」と信ずるなら、今日から自分の能力を磨 く努力をしましょう。
『自分の能力を向上させよう。自分は気が付いていないけれども、自分には無限の能力があるはずだ。それは、自分が今まで磨い てこなかったから、能力を向上させるように努力してこなかっただけなんだ。だから能力を磨いていこう。そのためには、まず「自分には無限の能力がはるはず だ」と信じることだ。』 このように考えていくことが大事だと思います。



 人間の無限の可能性、または無限の能力を信じ て能力を向上させ、進歩させていくためには地味な努力の積み重ねしかありません。京セラフィロソフィのなかに「地味な努力を積み重ねる」という言葉があり ますが、自分の無限の能力を磨くためには、毎日毎日、本当に地味な努力を積み重ねていくことが必要なのです。
 また同時に、常に創造的な仕事をし なければなりません。京セラフィロソフィの中で私は「今日よりは明日、明日よりは明後日と常に創意工夫をして、毎日の仕事をしなさい」と言っていますが、 創造的で大きな仕事を完成させるためには、毎日同じことをやるのではなく、常に創意工夫をして仕事をすることが非常に大切なことなのです。
 自分自身で「自分は無限の能力を秘めておるんだ」と思うなら、まずそれを信じてください。ただし、いくら信じても、それだけの能力はありません。ですから、毎日地味な努力をし、それを磨き上げていくことが必要になってくるわけです。



「人間の無限の可能性を追求する」ということを私が言っていますのは、何かを新しく始める際、「お金もないし、技術もないし、経験もないし、人材もいない。だからできない」と思うことを止めていただきたいという事なのです。
た とえば今、たいへん不況だとします。そして部下の営業部長に、「注文が少ない。もっと頑張って注文を取ってこい」と言います。しかし、現在の厳しい環境 下、注文を取ることがいかに難しく、同業他社も非常に苦しんでいる、という話がたくさん聞こえてきます。ですから、非常に厳しい経済環境の中では自分の 言っていることはムリなのかなと思って、つい矛先が緩んでしまいます。
 また、自分の会社はこういう業種だけれども、21世紀に向けて段々と時代 も変わってくる。友達やらいろんな人達の様子を見ていると、あんなこともしてみたい、こんな事業もしてみたい。しかしそうは思えども、自分には能力もない し、技術もないし、資金もないんだから、それはムリだ──。
 そういうふうに簡単に条件をいっぱい挙げて、諦めてはいけません。「何とかすれば何とかなるんではなかろうか」というところから入らなければならないのです。
  いかに人間の無限の可能性を追求すると言ったところで、また人間の無限の能力を信ずると言ったところで、簡単にポッとできるものは絶対にありません。しか し、「これは難しいから、ウチにはムリだろう」と簡単に考えることだけは止めましょう。何とかすれば何とかなるのではなかろうかと考えれば、じゃあ、取っ かかりをやってみようかとなります。「やってみようか」となって、そこから地味な努力を続けるんです。それは尺取り虫が地べたを這うていくようなものかも しれませんが、そういうことから始まっていくものなのです。



 私はセラミックの専門家です。いや、専門家ぶっていますけ れども、そんなに専門家でもないのです。大学生の時私は有機化学を専攻していました。セラミックは無機化学で、そのなかでも鉱物結晶等を中心にする分野で すが、それは嫌いで、中でも焼き物は特に嫌いであまり興味がありませんでした。そういうふうに有機化学に興味を持っていた男が、就職がなかったものだから たまたま焼き物の世界に入った、それだけのことなのです。ですから、そんな男が自分の専門とは言えない分野で一生懸命に地味な努力をしてきたのです。
  そのときに、「有機化学の方向で就職ができていれば頭角を現したかもしれないが、たまたま就職ができずに無機化学のセラミックの分野に入った。オレはセラ ミックの勉強はあまりしていないし、ダメだと思うな」と私自身が思っていたら、おそらく今日はないでしょう。たまたま勉強していなかった分野に入ったけれ ども、私は必死に勉強し、必死に努力をし始めた。つまり、能力がなかったのに、自分で能力を向上させよう、磨こうとした。そのために、たちまちに頭角を現 して行ったのです。過去にそれがあるかないかではありません。そういうものにこだわらずに、「何とかしよう」「何とかせねばならん」と考えたことがきっか けになって成功していくのです。
 セラミックに没頭し始めると、セラミックの分野の専門家になっていきますし、世界にも負けないという自信も出て きて、さらにやっていく。そうして27、28年、専門分野をやってきて、今から17、18年前、まったく関係のない電気通信事業、第二電電という分野に乗 り出していったのです。
 通信業界には明治以来、国の多額な資金で当時35万人もの従業員を抱えるNTTという巨大な組織がありました。研究所で は何万という研究員が専門的な研究をしているいるような、そんな分野に乗り込んでケンカを売ろうというですから、普通ではそんなことができるはずがありま せん。まさに無謀でムチャクチャな戦いですし、普通の人ならみんなできるとは思いません。だからみんな諦めるわけです。その中で名乗りを挙げたのは、最初 私だけでした。非常に無茶なことで、「あれはバカと違うか。ただ単に自爆するために、自殺するために乗り出しただけではないのか」と言われたものですが、 私にしてみれば、努力をすれば必ず道が開けるのではないかと思ったから乗り出したのです。
 
 大変失礼な言い方かもしれませんが、多くの 評論家やジャーナリストの人達は、実は何も分かっていない人や人間的にもあまりできていない人がたくさんいます。そういう人が一方的に人を批判しますか ら、よく的外れなことを言ってしまうのです。京セラがたいへん伸びていったとき、彼らは「京セラがたいへんな発展をし立派になったのは時節に合っていたか らだ」と言いました。
 ニューセラミック、ファインセラミックの時代が来たとき、たまたま私がセラミックの専門家として仕事をしていた、つまり時代の流れに合った。だから成功したんだという表現を、多くの評論家がしていました。
  ところが、セラミックの時代を作ったのは私なのです。私は論文をたくさん出しているわけでもありませんし、国際的な専門の学会にも論文はひとつも出してい ないのですが、20世紀後半、稲盛和夫という男がこの世に現れたために、ファインセラミックスという学問の場が脚光を浴び、世界の注目を集めるようになっ たということで、アメリカを中心にした世界のセラミック業界の人達、またはマテリアルサイエンスの人達から、私は何回も賞をいただいています。ファインセ ラミックスが脚光を浴びるようになったために多くの若い研究者が張り切って研究し、さらにファインセラミックスの学会が活況を呈し、新しい材料として世間 でも認められることになりました。たとえば自動車エンジン等にセラミックを使うなんてことは、無謀で誰も考えなかったことです。なのに、私がセラミックを 使おうと言い出し、事実それを成功させてみせた。そういうことをしていった結果として、最高の賞をくださるわけです。
 にも関わらず、化学評論家の方々は「京セラが成功したのは、たまたま時流に乗ったからだ」と言われる。ですから社内では、私はこういうことを言いました。

  残念だな。誰も何もわかっていないんだな。我々がセラミックのブームを作ったのに、ブームが先にあって、それに乗っかったから成功したと言われる。たまた まそういう時代が来たために、うまくいったと言われているけれども、そうではない。私どもは元々技術的に立派なものはなかったはずだ。あったのは、この フィロソフィだけだった。このフィロソフィがすべてのものの源泉だった。

 心の問題がすべての根源であって、そこから木が生えていくよう に、心という根っ子からすべてが生えていくんです。京セラが成功したのも、会社をつくった当時、拙い京セラフィロソフィというものを作り上げて、どうもそ れが根本ではないかと思ってやってきた。そのことが京セラの技術を花咲かせ、成功させていったのだと私は思っています。
 ですから、第二電電とい う電気通信事業に出ていく時、「人間の無限の可能性を追求する」「人間の無限の能力を信ずる」ということでなければ乗り出していけないわけですが、そのと きも私が武器にしたのは京セラフィロソフィでした。その時、心ある幹部の人達に、こういうことを言いました。

 『第二電電がもし成功したときには、僕は電気通信の技術も何もわからないんだから、そのわからない男が采配を振って成功した時には、フィロソフィで成功したことの証明になるからやってみる。』

  フィロソフィがナマクラなもので、「塾長、そんな寝言みたいなことを言ったって、そうはなりませんよ」と思われるかもしれませんが、本当にこのフィロソ フィだけで、そんな大変なことができるのか、できないのか。これはまさに、私の人生の後半をかけての証明だったわけです。つまり、心の問題がどのくらい大 事なものかを証明するために、私は第二電電というものにチャレンジをしたんだと思っています。
 先ほど冗談めかして学校の成績だとか言いましたけ れども、第二電電は私が満50歳になってからチャレンジしました。齢もいって、気力も決して若くないときに始め、そしてやり遂げ、人間の無限の可能性を追 求する、人間の無限の能力を信ずるという事をまさに証明してみせたのです。皆さんもぜひ、自分にもすごい能力が隠されているはずだという事を信じて、やっ ていただきたいと思います。



 地味な努力を積み重ね、常に創造的な仕事をすることを考えて、少しずつ、少しずつでもいい から努力をしていくことが自分の能力を磨き、そして向上させ、進歩させるもとです。理屈で言えばそうなりますが、ではそれができる人はどんなタイプなのか といいますと、やはり意欲的な人なのです。同じ人生でも、いろいろ悲観的なことをあげつらう人ではなくて、意欲的で明るくて、そして自分から進んで物事を 考えながら実行していくようなタイプの人。言い換えると、常に新しいことに好奇心を持ち、好奇心をもって考えて実行し、実行することを楽しんでいる人。そ ういう人だと思います。
 第二電電を始める時に「オレは可能性を信じてやっていくんだ」と悲壮感だけでやっていくのではありませんでした。私には フィロソフィというものがある。それに従って努力をしていこう。そうすれば必ず道はひらけると思ってやっていくものですから、そこに楽天的なものも少しあ りました。悲壮感だけでは、やっぱり折れてしまします。明るい楽天的な面がなくてはなりません。これが「人間の無限の可能性を追求する」という項目になり ます。
稲盛塾長の講話より

「潜在意識にまで透徹する強い持続した願望を持つ」には次のようなことを私は書いております。

高 い目標を達成するには、まずこう在りたいという強い持続した願望を持つことが必要です。新製品を開発する、お客さまから注文をいただく。生産の歩留まりや 直行率を向上させるなど、どんな課題であっても、まず何としてもやり遂げたい油という思いを、心に強烈に描くのです。純粋で強い願望を、寝ても覚めても繰 り返し繰り返し考え抜くことによって、それは潜在意識にまでしみ通っていくのです。
このような状態になったときには、日頃頭で考えている自分とは別に、寝ているときでも潜在意識は働いて、強烈な力を発揮し、その願望を実現する方向へと向かわせてくれるのです。

このように私は書いて、従業員の人達に説明をいたしております。
こ れは、潜在意識にまで透徹する強い持続した願望、つまり、ここで言いたいのは、強く持続した願望を持つということです。それはこう在りたい、こうしたい と。私の人生はこうしたい、私の会社はこう在りたいということを強く持続して。継続して、強い思いを持つということが大事であります。
潜在意識ということが出てきたのですけれども、潜在意識というのは何なのかというと、私はよくたとえてこういうことを言っております。
潜在意識というのは、今、皆さんが頭で考えておられるのは顕在意識。つまり顕れた意識です。潜在意識というのは隠れてしまって、底に沈んで顕れてこない意識を潜在意識と呼ぶわけです。
そ の潜在意識というのは、言っても皆さんにはピンと来ないかもしれません。一番いい例は、皆さん自動車運転をされると思うのですけれども、最初に教習所で もって、自動車運転を習い始めるときには、たとえばハンドルをこう持って、「こうですよ。ギアはブレーキがこれで、これはアクセルで、これはクラッチで、 このクラッチを踏んでギアチェンジをして」というので教わるわけです。
それを教わりますと顕在意識、つまり顕れている意識で覚えるわけです。覚えて、はい、その通りやってごらんと言うと、もう手と足がバラバラになって、教習所の先生に怒られるわけです。
つ まり、頭で考えていることと、手と足がバラバラになってうまくいかないということを経験されたと思います。しかし何日もやっているうちに段々うまくなって いきます。うまくなっていって、免許をとって、今では車に乗っておられると思うんですが、別に運転をして、クラッチを踏もうか、ブレーキを踏もうか、アク セルを踏もうかと思って踏んでいる人は誰もいませんね。危なくなると勝手にブレーキを踏んでいますし、道路のあの狭い道をうまくスイスイスイと、対向車が きてもすれ違いも、本当に狭いわずかなところをきれいにすり抜けて通っていくという軽業みたいなことを毎日やっておられる。このように顕在意識を使わなく ても、隠れた潜在意識で運転をしていることを経験されていると思います。
○潜在意識を日常的に活かす方法
潜在意識に入ったものが、日常生 活に出てきて使えるようにするための方法としては、実は連続して強く持続したもので叩き込んでいく。つまり、強く持続して覚え込ませたものというのは、潜 在意識に入ると同時に、その潜在意識が日常生活の表に出てきて、それを使うことができるのです。
潜在意識というのは、我々人間が、今フッと何か思 いますね。思ったり、経験をします。人生でオギャーと生まれてから死ぬまでの間にいろんなことを考えたり、思ったり、経験をしたりします。それが実は全部 潜在意識に蓄積されているのです。それは、今私どもが使っている、この頭のなかの意識とは違って、頭のなかで使っている意識の何十倍という容量があると言 われております。
顕在意識では覚えてもいなかった子供の頃からのことが走馬燈のように、一瞬の間に映画のようにダーッと出てくるという。それはま さに生命の危機に瀕したときに、潜在意識に入っておった知識、意識が全部蘇って出てくるわけです。そういう潜在意識が蘇ってくるのは、生命の危機に瀕した ときだけなんですね。
ところが、持続して繰り返し繰り返し入れたものというのは、実は生命の危機に瀕していなくても、車の運転のときと同じように 出てくるわけです。使えるわけです。つまり、強烈な印象でもって潜在意識に入ったものか、繰り返し繰り返し入れたものというのは、生命の危機に瀕していな くても、顕在意識に上がってきて使えるという。そういうものが潜在意識なのです。
ところが残念ながら、今、この働いている意識のほうが非常にメモ リーが少ないものですから、全部忘れたりしてしまってデキが悪いわけです。ところがその下に隠れている潜在意識は、すごい容量がありますから、一生涯か かったもの、一回でも経験したことは全部覚えているわけです。それが使えるようになるということは、人生のなかで大変豊かなことなのです。それが使えるよ うにするということは、実は繰り返し繰り返しやるということが、潜在意識に入って、同時にその潜在意識から出てくるということなのです。
つまり、 仕事のことで、または会社経営のことで、四六時中、先ほど言いました「有意注意」、有意注意でド真剣に考えているときにパッと閃く。四六時中考えておるも のですから、パッと出てくる閃きというのは核心を突いています。まさに自分が今遭遇している問題を解決する大変なことが閃くわけです。それが実は非常に大 事なわけです。
私も若い頃からずっとそうですが、たとえば夜中にパッと気が付く。パッと思い付く、または夜中にポッと目が覚めて、何で覚めたのか なと思い、速く寝につかないかんなと思っても目がさえてくる。それでパッと気が付くという。それを、メモ帳を枕元に置いて、メモ帳に全部それを書き留め る。それを翌日会社に行って、それをすぐに実行に移す。そういうことをよくやってまいりました。
○潜在意識が時、モノ、人との必然の出会い、閃きを呼び込む
思い付く、閃くということは有意注意でもって、非常に真剣に毎日コンセントレートして仕事をしておりました場合には、潜在意識に入っているものがある瞬間にポッと顕在意識に浮かんできて、解を与えてくれるというケースが非常にあります。
た とえば、これはいい例ではないかもしれませんけれども、ある仕事をしよう、と。今の自分の本業でやっている仕事では将来、どうもあかん、と。もう少し業種 を広げたい、と。もうちょっとましな仕事をしたい。ただし自分には経験もなければ、学問もない。ましておやそういう技術も持っていない。だけどやっぱり、 こんなことをしたいなと思っている。そうしなければ会社の将来がないではないか、と。そういうことを真剣に、真剣に毎日考えている。
つまり、そう いうことをしたいなと思ったけれども、自分にはその技術もない、経験もない、頭もない。だからもうあかんわと思うのではなしに、ないけれども、自分の会社 を、今の本業のままだけでは将来性がないので、何かしたいと。そう思って何かないかなと思っている人がいるとします。
たとえば友達なんかと会合があった、または学校の同窓会に行った。そのときに隣に座った奴と一杯飲みながら喋って、
「あんたは何をしとるのや?」
「私は東芝に行っている」
「東芝でどんなことをしているんですか」
「東芝で、こんな技術でこんなことをやっている」
 自分がこんなことをやりたいと思った事と同じことだったとします。
「あんた、それはどんなことをやっている? もうちょっと聞かしてくれ」
「東芝では、みんながこういうことをやりたいと思っても、なかなかやらしてくれないものだから、困っていますのや」
それはオレが実は、そんな仕事があったらやりたいと思っている。技術屋もいないので、と思ったことがあります。「あんた、ウチの会社小さいけれども、東芝を辞めてウチへきてくれないか」と。
それは、それは偶然会ったように見えますけれども、実はその潜在意識がそういう同窓会に行かせて、そしてたまたま隣に座ったのも、潜在意識がそうさせて、そして「あんた、何しとるのや」という話を訊くのも、偶然ではないんです。
つ まり、事業でもやるというのは、自分自身が何でも知っていなければならんという。私は京セラというものすごい会社をやっていますが、私が全部、それができ るというものじゃないわけです。私の下にそれぞれの専門家、みんなが集まってきたからできるようになっただけなのであって。それはそういう専門家を、私の 手許にみんなが寄ってくるようにするためには、私自身がそういうことをしたいということを思って、そういうものを潜在意識に入れて、その潜在意識に働きか けない限り、そういう人がおっても、猫に小判なんですな、これは。猫に小判というのは、実はあなたにとっては大変な小判なのに、葉っぱにしか見えないもの ですからね、通り過ぎてしまう。
ところが、そういう潜在意識に入っておって、それが意識に上がってきておると、普通では何でもない同窓会で、単な る東芝に勤めているという技術者と何でもないこと、自分とは何の関係もない、土建業をやっている人とは何も関係ないはずだったのに、実はそれが、自分は土 建業だけではあかんな、将来何とかと思っておったものが、その話だと、ウチは土建業で何にもないけれども、そういう仕事をしたいと思うんだが、あんたウチ で一緒にやらへんか、ということになってくる。つまり、そういうことを考えておるから、成っていくのです。
ですから、この潜在意識にまで透徹する強い持続した願望を持つというのは、実は大変大事なことです。潜在意識に入っていった、その潜在意識を活用するという。それは誰でも活用できるのです。そういうふうに真剣に考えていきさえすれば、誰でも活用できます。
つ まり、強く持続した思いは実現するというのは、これは普遍的な原理なんです。何も潜在意識を使う、使わないは関係ないんです。そのプロセスのひとつとして 潜在意識を使うこともできるということであります。どうしてもこう在りたいという強い願望というのは、必ず実現する。これはもう自然界のなかにおける普遍 的な原理なんです。
その原理を、みんなあまり信じていないんですよ。持続した強い願望ですから。ちょろっと考えただけではダメです。いや、三日考えたらいいのかというと、三日ぐらいじゃあかんのです。じゃ1年はどうか。1年ぐらいじゃあ、ならん。
も のすごく強く思っていくという持続した願望は実現するというのは事実なんですけれども、それがポッと思ったら、ポッとなるというふうに、1+1=2という ふうになっていれば、みんなが信ずるのですけれども、それが1年かかっても実現しない。ある人は1年かかって実現したというけれども、それは時間の問題で はなしに強さ、強度の問題。思いの強さの問題によっても違うでしょうしね。それが非常に、こうすればこうなるというルールが決まっていないもんですから、 こうすればこうなるとハッキリしないものだから、誰も信じられない。
だけど、成功できた人というのは、みんなそれを信じています。ですから大きい 仕事をできた人というのは、これを信じている人なんです。できない人は、それを信じられない人です。信じられないから、信じられない程度にしか思いません から、全然実現もせんわけです。それはもうまさに、潜在意識云々という問題以前に強い、そういう願望、強い願望というのは必ず実現する。
ですか ら、私はよく言うのですが、自分の人生、今からの人生は、今たいへん苦しい会社経営の人もおられると思いますけれども、自分の人生も、自分の会社の将来 も、絶対悲観的に見てはならん。今は辛いし、今は苦しいかもしらんけれども、きっと私の人生はバラ色の人生で、素晴らしい人生が待っている。ウチの会社は 今からものすごく発展するんだ、と。そういうことを絶対に思うべきなんです。ゆめゆめ先々、どうかなりゃせんだろうか、潰れはせんだろうかという心配をし ていけません。
絶対に自分の仕事も、人生も、ゆめゆめ悲観的なことを思ってはならん。絶対にうまくいくというふうに思い込む。そうすれば、少しでも人生というのは拓けていきます、うまくいきます。これはもう鉄則なんですね。
新 しい会社の計画を、3ヶ年計画、5ヶ年計画というふうに立てて、ウチの会社はこうやっていくぞと、その計画を社員に示し、それを引張っていくとするなら ば、それを成功させるのは不撓不屈の一心にあり。どんな艱難辛苦があろうともくじけませんよ、と。鉄をも、岩をも通すような一心不乱でオレは頑張るぞ、 と。つまり不撓不屈の一心にあり。そしてその計画を、気高く強く一筋に、純粋に思い続けるということが成功の元なのです。新しい計画の成就、成功はそれし かありません。そういうことを、私は言っています。
稲盛塾長の講話より

「公私のけじめを大切にする」という項目であります。これは、次のように京セラフィロソフィに書いてます。

仕事をしていく上では、公私のけじめをはっきりつけなければなりません。
プ ライベートなことを勤務時間中に持ち込んだり、仕事の上の、仕事上の立場を利用して、取引先の接待を受けたりすることは厳に慎まなければなりません。勤務 時間中の私用の電話の受発信を禁止したり、仕事を通じての戴きものを個人のものとせず、みんなで分けあっているのもそのためです。
これはささいな公私混同でも、モラルの低下を引きおこし、ついには会社全体を毒することになってしまうからです。
私達は公私のけじめをきちんと付け、日常のちょっとした心の緩みに対しても、自らを厳しく律していかなければなりません。

このように私は、会社をつくった当時から言ってまいりました。
極 端なことですけれども、会社が始まった頃でしたので、勤務時間中の私用の電話の受発信は禁止をしました。つまり、会社にプライベートな電話がかかってくる ことも禁止。プライベートなことでもって会社の電話を使って電話をすることも禁止という。当時、今から40年前の話ですから、会社も小さい中小企業であっ たこともあって、本当に、先ほど言いました「有意注意」、真剣に仕事をしているときに、プライベートなことでもって友達から電話がかかってきました、とい うので簡単にそれを取り次いで、そしてまた、友達と今度、次の日曜日に遊ぼうやないか、と話をしている。そんなことでは話にならんではないか、と。まして や、こんな会社の電話を使ってプライベートなことで電話で会話をするということがあっては許せん。必死に、真剣に仕事をして貰わなければ困る、と。そう 思っておったこともあって、公私のけじめをつけるということは非常に厳しく言いました。
しかし、なぜ私が、それほど厳しく公私の区別と言ったかといいますと、これは一事が万事、緩めていきますと、際限もなく公私の区別がなくなっていくということなのです。それを非常に恐れたわけです。
会 社におって、会社で大きい発注ができる。注文をする、またモノを買ってあげる。そうすると売る側は、その人がそういう権限を持っていますと、一生懸命ゴマ をすって取り入っていれば、その人が注文をしてくれるかもしれないと思いますから、そうすると盆暮れには贈り物のひとつもして、注文を受けられるように、 いい印象を持ってもらうというのは、人間として当然の感情ですから、そういうことは当然、注文を取りたい人はしてくるわけです。
そうすると、まあ 菓子折のひとつ、果物箱のひとつぐらい、自分がそういう立場にあるのだから、そのくらいのことはいいじゃないか、と。ところが、最初は菓子折ひとつ、 500円の菓子折、いや1000円の菓子折 ひとつだったのだから、そのくらいは貰ってもええやないかと貰うと、その次にはさらにそれが大きくなってく る。段々なっていく。
つまり、一度そういう役職でもって得をすると、それが段々習い性になっていく。そして次第次第に、そういう役得を認めておりますと、段々卑しい人間になっていく。つまり卑なる人間、卑しい人間を会社のなかで育てることになってしまいます。
人間で一番レベルの低い、人格の低い人と言いますのは、卑しい人です。人間として一番ダメな人です。その卑しい人を育てることになってはいけません。そのためには非常に厳格なくらいに公私の分別をしておく必要があります。



稲盛塾長講話より

次は「フェアプレイ精神を貫く」です。これは皆さんも、何でもない普通一般に言われていることだとお考えかもしれませんが、私は京セラフィロソフィのなかで「フェアプレイ精神を貫く」という項目のなかで次のように書いております。

京 セラは「フェアプレイ精神」に則って、正々堂々とビジネスを行なっています。したがって儲けるためには何をしてもよいとか、少しくらいのルール違反や、数 字のごまかしは許されるという考え方を最も嫌います。スポーツの世界でも反則やルール違反のないゲームから、爽やかな感動を受けるのは、フェアプレイ精神 に基づいているからです。誰であっても、矛盾や不正に気付いたら、正々堂々と指摘すべきです。私達の職場が常にさわやかで、活気あふれたものであるために は、一人一人がフェアなプレイヤーであるとともに、厳しい審判の目を持つことが必要です。

この「フェアプレイ精神」というのは、これはも う当たり前のことのように、皆さんお考えだと思います。フェアプレイと今、ここで私が言っていますのは、公正ということです。つまり、公正さを尊ぶ精神、 これは公正な、フェアな、正しいことを正しく貫くということを、企業の規律の中心に置くべきだとずうっと思ってきました。つまり、不正なことは一切しては ならない。これは上から下までしてはいけないということ。それを会社を律する会社の規則、規律、そういうものの中心に置くべきだと思っておりました。
こ のフェアプレイ精神を社内に深く定着させるということが必要なわけです。不正なことをしてはいけませんよ、トップの社長から下の人まで、非常にきれいな生 き方をしなきゃいけませんよ、ということを、社内で説いてまいりましたけれども、フェアプレイ精神を貫くといって、今読みましたような言葉を掲げて社員に 説いて見せて、ウチの会社はそれで行きますよ、と言ったって、そのときは「そうやな」とみんな思うのですが、そういつまでも全部覚えているわけじゃありま せん。実際の職場で働いている人になりますと、それがいつの間にか、それぞれの人が、それぞれの判断をし、踏み外してしまうということが起こるわけです。
そ こで、このフェアプレイ精神を貫くということは、公正さを尊ぶ精神を、企業のなかの規律の中心に置いて、ウチの会社はこういう生き方で行きますよ、という ことをハッキリさせなければならないと同時にこういうことはしてはいけませんという具体的なことを全部挙げて、規律のなかに付け加えておかなければなりま せん。そして大事なことは会社のなかで、誰であっても。「誰であっても」というのは、どんな下っ端であっても、会社のなかの矛盾や不正に気付いたら正々堂 々と指摘すべきですということです。つまり、会社のなかに、役職が上にある、下にあるということに限らず、誰であっても厳しい審判の目を持って、会社のな かを見る人が要るわけです。全社員が厳しい審判の目で、みんなが見ているという、そういう雰囲気を作らなければいけません。
とかく会社というのは 組織がございますから、この組織のなかで下克上、つまり下の人間が、上の人の揚げ足をとって、上の人を陥れようとするような傾向があって、下克上は下から そういうことを言うということ。人の悪口を言うのはあまりいいことじゃないと思いますが、そういう雰囲気があります。どうしても下の人間が、上の人の足を 引張って、自分の正当性を。つまり自分がええ格好をせんがために、あえて上司の悪口を言って、そして足を引張ろうとするような人も、なかにはおるわけで す。
そういう人もおりますだけに、どうしても人の悪口を言う、人の足を引張るようなことを言うということは、その人の人格に関わるような気がす る。そういう人の悪口を言うということは、どうもアイツはワルや、と。悪口を言う奴が悪いというふうな、そういう雰囲気が我々の社会には全部あるわけで す。ありますから、どうしても不正に気が付いてもよう言わんといいますか。
言わないもんだから、それがなかにずうっと渦巻いていく。そうするとひとつ不正が許されると、それをはたから見ていて、あ、あれでいいんやな、ということになり、それをまた真似をする人が出てくる。そういうことで、会社のモラルは急激に悪くなっていきます。
つ まり、下克上。下の人が上の人のことを、会社のなかの批判をするということを封じ込めるということがないように、そういうことを言える雰囲気といいます か。その場合も単なる非難中傷、会社の悪口を言い、上司の悪口を言う、ただ非難中傷するというようなことは、これはピシッと文句を言わなければなりませ ん。それがどんどん起こっていったのでは収拾がつかなくなりますから。本当に不正があったとき、本当に矛盾があったとき、その矛盾を指摘し、「社長、こう いうことがウチの会社で行なわれていますが、これはいいんでしょうか。これは私は問題だと思いますが」と。そういう意味の建設的な意見というのは、いく ら、どんな下っ端が言ってもよろしい。それは上司は聞く耳があります、という、そういう雰囲気をぜひ、会社のなかには作っていただきたい。このように思っ ています。
稲盛塾長の講話より
「有意注意で判断力を磨く」という項目から始めます。この「有意注意で判断力を磨く」いう項目のなかには、次のように書いてございます。

目的を持って真剣に意識を集中することを有意注意といいます。
私 たちはどんなときでも、どんな環境でも、どんなささいなことであっても、気を込めて取り組まなくてはなりません。最初は非常に難しいことのように見えます が、日頃、意識的にこれを続けていると、この有意注意が習慣になってきます。そうなれば、あらゆる状況下で気を込めて現象を見つめるという基本ができてい ますから、何か問題が起きても、すぐにその核心を掴み、解決ができるようになります。
物事を、ただ漫然とやるのではなく、私達は日常どんなささいなことにでも真剣に注意を向ける習慣を身に付けなければなりません。

こ の「有意注意」というのは、自分から意識をそちらのほうに向けて、一生懸命その事に意を注ごうということです。意というのは自分が持っている意識です。こ れに対応しますのに無意注意があります。これは何も心しないで、たとえばパタッと音がしますと、ちょっと雑音がするとポッと振り返る。なんだろうと思って 見る場合は有意注意なのですが、なんだろうではなしにフッと見る。そういうのを無意注意と言います。
日常起こってくるどのようなことでも、事は小 さいように見えても、自分の会社にとっては非常に重要なことばかりのはずです。ところが重要なはずなのに実は、まあ大したことはないわ、簡単なことやない かというので、あまり深くも考えないで、フムフム、ウンウンと聞いたり、または人さんの話をウンウンと聞いたりというのが、我々の実際の仕事をしている通 常の姿だと思います。
私は、若いときに京セラという会社をつくっていただいて、取締役技術部長で始まったわけですが、素晴らしい経営者、または素 晴らしいリーダーというのは、瞬間に素晴らしい判断ができる人でなければ、大会社、何万人という従業員を背負って立つような経営者にはなれないはずだ。ど うすれば、そういうことができるのだろうかと思っていました。もともとそういう鋭い頭、鋭い能力を持った人だったんだろうか。とすれば、私みたいな者がそ ういうことをできるだろうか。それはできないに違いないというふうに思っていました。しかし自分は、能力はあまりないけれども、どんな簡単なことのように 見えることでも、真剣に考えて、物事を考える習慣を付けよう。そう思って、どんな些細なと思えるようなものも、実は真剣に考えて物事を考えるということを しようと思ってやってきました。
普通の人ですと、事が小さい、事が簡単なことだというので、「ああ、ああ」と言って、「ま、それはこんなもんでい いでしょう」ということで済ませている。極端に言うと、偉い人になってくると、「いや、それはもう君、考えておけばよろしい。君に任すわ」てなことでもっ て、部下に任す。
そういうなまくらなことをしょっちゅうやっておって、いざ鎌倉、会社の浮沈に関わるという大問題が発生したときに、さあ、考えよ うと思って考えてみたって、いつもが浅い考えしかしていない、つまり、意識して意識を注ぐといいますか、真剣に物事を考える習慣がついていないものですか ら考えられないわけです。
いつもどんな小さなことでも、どんな些細なことでも、ものすごく真剣に、ド真剣に考えるという習慣がついている人です と、それは毎回毎回、毎日毎日トレーニングされますから、とぎすまされていきます。つまり、物事を考えるのがとぎすまされて鋭くなり、そしてもちろん速く なっていく。ですから偉い人になると、パッと聞いて、あ、それはこうすればいい、と。それは考えていなくて、過去に経験があるからポッと言ったのではない んですね。そのくらいの速さでもって思考が回っている。それは年中そういうことをトレーニングしてきたからなのです。
先ほども言いましたように、いつもがそういうド真剣に物事を考えようとしていませんと、そういうことは身に付いてこないんです。そのために私は、「有意注意で判断力を磨かなければいかん」と、申し上げているわけです。
こ れは、大会社をやっているから、それが要るというのではなくて、今日も50歳代の人がたくさんおられましたけれども、今からでも遅くはありません、それを 習慣づけるということ。それは判断力がとぎすまされていきますから。ものを考えるときには、必ず意識をそちらのほうに向けて、深く深く考えていくという習 慣がついていませんといかんということでございます。
稲盛塾長の講話より
大胆さと細心さをあわせもつ(京セラ フィロソフィー第2章第3節「正しい判断をする」)

 経営をしていく場合、 物事を判断するときには、あるときには大胆に「よし、これはやろう」と決めなければならないときもありますし、または細心で、小心翼々として、石橋を叩い てでも渡らないという判断もしなければなりません。つまり、大胆さと細心さを併せ持つことが必要なのです。
 しかしながら、最初からこの両極端を併せ持つことは難しいかもしれません。これから仕事を通じて、いろんな場面で常に心がけていれば、この両極端を兼ね備えることができるようになるのです。

 大胆と細心、温情と非情、合理性と人間性を機に応じて使い分ける
  大胆さと細心さの両極端と言いましたけれども、あるときには大胆に「よし、これだけの大きい投資をやろう」と決める。資本金以上の投資をやろうと決める大 胆さがあるかと思うと、わずかの投資でも逡巡して、考え考えて、やらないという結論を出す。そういう極端な大胆さと細心を持っていると同時に、温情という 温かい心、ウチの社長はものすごく情の深い人で、優しい人だという温情さと冷酷さの両方も持っている。非常に優しくて、素晴らしい温情溢れる人かと思った ら、あるときにはズバッとクビを切られる。そういう冷酷さ、非情さも持っているという。また、ものすごく理論家で、合理主義一点張りのくせに、一方ではも のすごく優しい人間性を持っている。つまり、温情と冷酷、合理性と人間性、大胆さと細心さ、そういう両極端のもの
をひとりの人物が持っているだけではなくて、それが綾織りのようになっている状態です。大胆でなければならないときに大胆さが出てきて、細心でなければならないときに細心さが出てくる。そういう両極端の才能を持ち、それが機能できる能力が要るわけです。

 天才を要求される中小企業経営者
  皆さんもよくご存知だと思いますが、私は今、大胆と細心、温情と冷酷、合理性と人間性と言いました。そういう両極端なことを同一人物が持つと同時に、それ を正常に機能させることがいかに難しいかという例として、たとえば本田技研が成功したのは、本田宗一郎というモノづくりの天才がいた一方で、会社を経営す るという面では、素晴らしい計数と金勘定ができる藤沢という名番頭がいたからです。つまり、本田宗一郎と藤沢という名番頭の二人が一本だったから、本田技 研は今日の成功をおさめたとよく言われます。
 松下電器は、松下幸之助と高橋荒太郎という素晴らしい番頭がいて、素晴らしい発展を遂げたと言われ ています。ソニーには井深という素晴らしい技術屋と、素晴らしい営業ができた盛田昭夫の二人のコンビがあったから発展したと言われています。つまり、矛盾 を矛盾とさせない素晴らしい能力をひとりでは持ち得ないので、それを補佐するいい参謀、いい番頭を得たときに、会社はたいへん発展すると言われているわけ です。
 ところが我々中小企業には、たまたまそういう素晴らしい番頭が神様の配慮で入ってくると言うことはありません。さすれば、トップである皆 さんが矛盾した二つのことをやらなければならないのです。つまり、相矛盾する両極端をひとりで持ち、それを正常に機能できる人を演じなければなりません。 中小企業で、才能もそうないのに天才を要求される。しかし、皆さんは泣いてでもそれをやらなければならないのです。
 私は自分で、普通は二人でやることを、我々中小企業の場合にはひとりでやらなければならない、それができるように頑張っていこうと思って、今までやってきました。このことは非常に大事な問題です。
 
稲盛塾長の講話より
利他の心を判断基準にする(京セラ フィロソフィー第2章第3節「正しい判断をする」)

 私は皆さんに、かねてから「いかに正しい判断をするかによって企業経営は決まる」
と申し上げています。
  経営者、経営のトップに立つ人は会社の命運を自分自身の判断によって決めていきます。ですから、常に正しい判断をしなければなりません。もし間違った判断 をすれば、会社が危機に瀕してしまいます。その正しい判断をするための第一番目として、利他の心を判断基準にすることが大切なのです。

 リーダーが持つ最高の判断基準は「利他の心」
  会社で物事を判断する場合、ともしますと我々は直感的に考えて判断をします。 直感的に物事を考えようとすると、どうしても本能で物事を考えてしまいま す。つまり、自分の会社に都合がいいか悪いか、自分の会社が儲かるか儲からないか、その仕事がうまくいくかいかないかというふうに、全部、自分に都合がい いかどうかで物事を判断しようとするわけです。これは普通一般的に、経営者がやっていることです。
 ところが、自分自身にいいということで判断を しますと、それは自分自身にはいいかもしれませんが、その周辺の人、つまり取引きをする相手には悪いかもしれません。極端に言いますと、無知な相手が、あ るものを相場よりも高い値段で買うと言っている。その無知につけ込んで、「本人が買うというんだから、いいではないか。こちらもたいへん儲かるいい商売 だ」と売る。相手は世間相場を知らないために買っただけで、それで何かをしようとした場合には、その相手は必ず損をするのが見えているのです。見えていま すが、「本人がいいと言うんだから、売ればいいやないか」と自分の利益だけを考えて売る。そうすると、必ず相手は困ります。
 しかしながら、利他 の心で判断をしますと、相手のことを考えてあげるわけですから、「ウチはこの取引で儲かるが、相手は今、知らないからこの値で買うと言っているだけだ。あ とで必ず困るはずだ」となって、「あなた、こんなに高い値段で買ってはいけませんよ。私もリーズナブルな値段でお売りしますから、このくらいでお買いにな らなきゃダメですよ」と言ってあげるのです。これは損をしたように見えますが、損ではありません。
 利他の心で相手のことも考える。相手の立場にも立ってあげるという利他の心で物事を判断する事は大切です。京セラフィロソフィのなかでは「あるときには自分自身の犠牲を払ってでも、相手を助けてあげようという心が利他の心だ」と言っています。

 利他の心をもって判断基準にするということは、経営だけに言えることではありません。政治で国を治める場合でも、または学校で先生をする場合でも、リーダーとなる場合には、利他の心で判断することは最高の判断基準なんです。

 利他の心の究極の境地は悟りの境地です。悟りの境地をひらくような修行をしてこられた人が判断される判断基準なのです。
 しかし、我々修行をしていない凡人は、「利他の心で判断せよ」と言われても、何を言っているのかチンプンカンプンで、今日この話を聞いて帰っても、すぐにまた儲かるか、儲からないかと考えてしまいます。それでは何もならないものですから、ひとつ、方法だけを教えます。
  物事を決断しなければならないとき、これを買うか買わないか、これを売るか売らないか、頼まれたものをするかしないか、というようなことを考えるときに、 「オッ、よっしゃ、これをやろう」とフッと思う。最初の直観的判断は全部本能から出てきたものですから、最初に出てきたその思いにちょっとひと呼吸入れる んです。その思いを一度、横に置いて、「ちょっと待てよ。塾長は利他の心で、と言われたんだから、ちょっと待って考えてみよう。自分が儲かるか儲からない かではなく、相手にとってこの取引は良いことか悪いことかを考えてみよう」と、ワンクッション入れる。そして、自分にも、相手にとっても悪くない、取引を する当事者どちらにとっても良いことであればOKするのです。そうしませんと、どうしても自分に都合がいい話にポン
と乗ってしまって、相手にたいへんな不利益をこうむらせてしまいかねないのです。

  利他の心は悟りの境地、最高の判断基準です。我々は悟ってなんかいませんから、それで判断をしようと思ってもできるはずがありません。ですから必ず、物事 を考えるとき、自分で直感的に「いい話だな」と思った瞬間、「ちょっと待て」と自分を抑える。そして「これは相手にとってはどうだろうか」と考えて、相手 にとってもいいと確認したときに結論を出す。つまり、思考のプロセスのなかにひとつ、そういう回路を入れておくことがたいへん大事だと思います。いくら人 間ができていなくても、そういう習慣を付けさえすればできるはずです。

 利他とは、他の人に喜んでもらう、他人を助けるということです。
  利他の心の最高のものは、自分を犠牲にして相手を助けることではありますが、自分を犠牲にして相手を助けるのは一生に一回しかできないわけですね。命がい くらあっても足りませんから。ですから、利他とはいっても、自分もせっかくこの現世に生まれ出てきて、一回しかない貴重な人生を生きている。そのかわり に、周辺の人、森羅万象あらゆるものも、自分と同じように貴重な人生を生きていることを認めることが大切です。
 すべてのものが一緒に共生し、共 存していかなければなりません。そのために、利他の心が要るんです。自分も生きるかわりに、相手も生きてもらう。周辺のもの、すべてのものが生きていくこ とが利他です。最高に美しいものは自分を犠牲にして相手を助けることですが、自分も生き、かつ相手も生きる。地球にある生きとし生けるもの、すべてのもの が一緒に共生して生きていけるようにすること、それが利他なんです。
稲盛塾長の講話より
常に創造的な仕事をする(京セラフィロソフィ第2章第2節「より良い仕事をする」)

 私は元々技術屋なもので すから、京セラフィロソフィにありますように「昨日よりは今日、今日よりは明日、明日よりは明後日」と、毎日毎日工夫をしてきました。少しでも同じことを するのが自分でもイヤなんです。科学をする心といいますか、なぜこんなことをしなきゃならないんだろう、なぜこうするんだろう、もっといい方法はないんだ ろうかという、そういうクエスチョンをすべてのものに付けて、自分で工夫をして考えます。そのことを、若い頃、こういうふうに社員に訴えていました。
  「もし掃除婦のおばさんだったとしても、今日は会社のなかをこっちから掃いてきた、今度はあっちから掃いてみるとか、今度は濡れたモップを使ってもっとき れいにしてみようとか。同じ掃除をするんだからといって、来る日も来る日も同じことをするのではなしに、どうすればもっと会社がきれいになるかということ を目的に考えて、しょっちゅう工夫をする。学問のあるなしに関わらず、常にそういう意欲を持って仕事に取り組むことが要るんだ」
 私はずうっと、 工夫、改善を続けてきました。振り返りますと、大学を出て社会に出てからこんにちまで、同じ道は歩いたことがないような気がします。一度もバックしたこと がなくて、ずうっと前向きに歩き続けてきたように思います。ですから、今歩いている道も、過去に歩いた道を歩いているのではなくて、私にとってはまったく 新しい道。よく「通い慣れた道」と言いますけれども、私は通い慣れた道は一回も通っていないと思います。常に創造的な、チャレンジングな、冒険的なことを やってきました。

 会社が発展していくためのベースになる技術、仕事というものは、どこからかポッと持ってくることができるものではあり ません。よほどお金があれば何十億円も出して技術を買うことができますが、しかし、そうして大きくなった企業はごくごく少ない。毎日毎日工夫しながら、そ の集積されたものが偉大なことを成しえていったのです。毎日毎日、気の遠くなるような努力と創意工夫をずうっと続けていけば、10年経てば素晴らしい技術 が蓄積されるのです。

 「常に創造的な仕事をする」ということは、いつまでも中小企業に身を置かずに、中小企業から中堅企業へ、中堅企業から大企業へと脱皮していくための最も基本的な手段、方法です。
稲盛塾長の講話より

 「知っている」ということと「できる」ということはまっ たく別です。たとえば、セラミックを焼成するときの収縮率の予測一つをとってみても、この事実はよくわかります。文献などで得た知識に基づいて、同じ条件 で焼成を行なったつもりでも、実際に得られる結果はその都度違ってくるということがよくあります。本の上での知識や理屈と実際に起こる現象とは違うので す。経験に裏打ちされた、つまり体得したことによってしか本物を得ることはできません。このことは営業部門であれ、管理部門であれ、全く同じで、こうした ベースがあってこそ、はじめて知識や理論が生きてくるのです。
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  たとえば、8種類のセラミック原料をある比率で混ぜ、均一に混ざるよう撹拌する装置を使います。そして形を作り、高温の炉で焼けばセラミックができると文 献でも本でも書いてあります。かといって、その通りの原料を何種類か買い、その通りの比率で混ぜ、形を作り、その通りの温度で焼いても、文献通りのものは できません。それは何種類かの粉をある比率で混ぜるとき、どこまで混ぜるのかによって違ってくるからなのです。
 今度は混ざり方だけではなくて、 形を作るときにも違いが出てきます。ただ粉を混ぜて形を作って、中に気孔が入ったボソボソのものができあがってしまったのでは、最初に自分が期待したよう な性質のものはできません。しかし文献にはどのくらいの圧力で、どのくらいの結合力で形を作ればいいのかということは書いていません。
 また、何 度で焼けばいいとは書いてありますが、いきなりその温度の炉に入れればパーンと割れてしまって粉々になってしまいます。ですが、どういう温度でゆっくり上 げていくのか、どの角度で上げていくのかという問題は本には書いていません。それらは全て自分の経験でやっていかなければならないわけです。

  経営者の皆さんも自分の専門ではない分野にまで入っていかれるときに技術屋を使われる事と思います。その技術者が言う話を、知識として言っているのか、実 験をし体験をして言っているのか、分けて聞かなければならないのです。たとえば、最初にセラミックというものがあって、そのセラミックを使ってあるものを 作っていこうとするときに、元々のセラミックの作り方もわかっていない、作ったこともない、理屈だけしか知らないのに、その上にあるものを作って行こうと するなんて、いくら実験してみてもうまくいくはずがありません。「知っている」ことと「できる」ことは違うのです。
 学問が進んでいますから、み んな頭でっかちになっています。そして本人自身も、その理屈だけで、あたかもできるかの如く錯覚をしているわけです。ですから、そういう若者達には実践を 通じて、「それを裏打ちしてみい」と言うことが必要です。「ウチの会社に来たなら、おまえがそうすれば売れると思うなら、おまえに車を1台貸してやる。 売ってみい。そしてそれを証明してみい」 そうやって若者に頭をぶつけさせ、自分で体得したものを彼に作らせる。そうすれば、理論があるだけに鬼に金棒に なっていきます。
 これはコンサルタントの場合もそうです。有名なコンサルタントを雇って指導を受ける場合には、その人に実績があるかどうかを見 なければなりません。皆さんは理屈を知らないだけで、実践している皆さんのほうが遙かに偉いんです。ですから、理屈ばかりこねまわすようなコンサルタント にお金を払い、教えてもらうことぐらいバカらしい事はないと思います。
 話を聞くなら、実績のある人です。自分でやり、自分の身体でわかっている人の話を聞くのならいいんですが、理屈だけの話には何の値打ちもありません。

 
  稲盛塾長の講話より

 バランスのとれた人間とは、何事に対しても常に 「なぜ」という疑問を持ち、これを論理的に徹底して追求し、解明していく合理的な姿勢と、誰からも親しまれる円満な人間性をあわせもった人のことをいいま す。いくら分析力に優れ合理的な行動を貫くスマートさを備えていても、それだけではまわりの人々の協力を得ることはできないでしょうし、逆にみんなからい い人だと言われるだけでは、仕事を確実に進めていくことはできません。
 私達がすばらしい仕事をしていくためには、科学者としての合理性とともに「この人のためなら」と思わせるような人徳を兼ね備えていなければなりません。
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 ここでは、科学的な合理性と豊かな人間性を持ち、そのどちらにも偏らないバランスが必要であるという意味で、「バランスのとれた人間性を備える」と言っています。
  先ほども言いましたように、私自身、化学が専門で、セラミックの研究開発からスタートしたものですから、どうしても科学的、合理的に物事を判断する、考え 方や物事の進め方が身に付いています。ところが、学生時代ガリ勉だった私に、友人が遊びというものを通じて人間のあるべき姿の一端を垣間見せてくれ、教え てくれました。つまり、あくまでも科学的、合理的な考え方をしなければいけませんけれども、一方では非常に人間味のある、豊かな人間性を持っていなければ ならない。その両方を併せ持つことが経営者として必要だと、ここで言いたかったのです。

 昔、営業の連中が営業から帰って来て報告をするなかで「いや、これは難しいんですわ。訳がわからんのです」と感情的な説明をする者がいると、私はこっぴどく怒ったものです。
  私は皆さんに精神訓話をしますが、会社の経営、または研究、営業、会社の事業のなかで「不可思議なことだ」ということは一切口に出させないのです。我々が やっている研究、技術開発、営業、財務、総務の問題は全部合理的に、すべて理屈で証明できるはずです。また証明できるようでなければ話になりません。そこ へ不可思議な話みたいなものを持ち込んでくるのは、とんでもない事です。ですから、昔はよく会議のなかで「バカなことを言い出すな、全部科学的に割り切れ るはずだ」と怒ったものです。
 私の場合には、会社で仕事をし、研究する世界ではとことん合理主義なんです。絶対に不可思議なことは許しません。 しかし、会社を離れると、まったく訳のわからない仏教の世界でも信じられます。ところがみんな、それをごっちゃにするのです。仏教の世界に没頭するよう な、形而上学的、宗教的なものに入っていくと、今度はその話を経営の場で披瀝する経営者、またはその様なコンサルタントなどもいます。
 訳のわか らないことを経営の場に持ち込んだり、研究の場に持ち込んだりすることは一切してはなりません。我々が仕事をしているビジネスの世界、研究の世界、技術の 世界は、全部科学的に証明できるはずです。一貫していなければなりません。しかし、仕事を離れたときの人間としては、不可思議なことがいくらあってもおか しくないのです。
 仕事の現場では徹底した合理主義者で、かつ素晴らしいロマンチストであり、素晴らしい形而上学的なことも考えられる人、その両面のバランスがとれた人間性を持っていなければ、一流の経営者にはなれません。
稲盛塾長講話より

 何かを決めようとするときに、少しでも私心が入れば判断は くもり、その結果は間違った方向へいってしまいます。人はとかく、自分の利益となる方に偏った考え方をしてしまいがちです。みんなが互いに相手への思いや りを忘れ、「私」というものを真っ先に出していくと、周囲の協力も得られず、仕事がスムーズに進んでいきません。また、そうした考え方は集団のモラルを低 下させ、活動能力を鈍らせることになります。
 私たちは日常の仕事にあたって、自分さえよければという利己心を抑え、人間として正しいか、私心をさしはさんではいないか、と常に自問自答しながらものごとを判断していかなければなりません。
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  極端に言いますと、自分を無視して物事を考える。もっと極端に言いますと、自分というものを犠牲にして物事を考える、これが、私が使っている「私心のない 判断を行なう」という意味です。自分に都合のいい、自分に利益があるような結論、判断はせずに、客観的に正しいことを正しく判断する。それが物事を成功さ せていくためにはたいへん大事なことなのです。ところが、人間は肉体を持っていますから、ものを考えるときには必ずといっていいくらい、私心、自分という ものが入ってきます。
 たとえば物事を考える場合、何かことが起こることによって直感的に物事を考えて判断をします。その場合には、本能という領 域で判断したものが出てくるわけです。本能の領域は、私心、自分のことだけを考えています。ですから、どうしても自分に都合のいい話にならざるを得ないの です。
 物事を判断するときには、自分自身を無視して考えるようにしなければなりません。事業経営者ですから本当は自分のことを一番に考えなけれ ばならないのですが、考えるときには自分のこと・会社のことは一度棚に上げてから考えてみる、それは非常に大事なことです。思わぬ解が見付かります。
 今まで解けなかった問題、相手と絡まり合ってほどけなかった問題が、自分というものを除いて考えたときに、スパッと解けるときがあります。決してそれは自分が損をするのではなくて、相手も喜び、自分も喜ぶという解が見付かるケースはたくさんあります。
  では、具体的にはどうすればいいのか。物事というのは何か起ったときにその瞬間・瞬間に考えるのが普通です。そういうふうにパッと考えるときに、「ちょっ と待てよ」と一度深呼吸をしてみるのです。大きな問題になりそうだと思ったときは、「ちょっと待てよ。塾長が"自分を無視して、一度考えてみい"と言って いたな」と一度間を置いてから、自分に都合がいいようにというものを除けて、他人事と思って考えるようにするわけです。自分、相手、もうひとり、三つ巴で 問題が起っているとすれば、自分ではなくて、第三者として考えてみる。その時にどうなるか。それが自分というものを無視して考えるという意味です。
 

「本音でぶつかれ」 

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稲盛塾長講話から 

  責任をもって仕事をやり遂げていくためには、仕事に関係している 人々が、お互いに気付いた欠点や問題点を遠慮なく指摘しあうことが必要です。ものごとを「なあなあ」で済まさずに、絶えず「何が正しいか」に基づいて本音 で真剣に議論していかなければなりません。欠点や問題に気付いていながら、嫌われるのをおそれるあまり、それらを指摘せずに和を保とうとするのは大きな間 違いです。
 ときには口角泡を飛ばしてでも、勇気をもってお互いの考えをぶつけあっていくことが大切です。こうした中から、本当の意味でお互いの信頼関係も生まれ、より良い仕事ができるようになるのです。
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  仕事をしていますと、いろんな問題が出てきます。その問題を解決していこうと思えば、本当は本音で議論しなければならないのに、そういうことを上司に言っ たのでは角が立つし、人間関係が崩れるのではないかと思って、どうしても建前で話をしてしまいます。それは世渡りをしていく術のひとつではあるのですが、 企業のなかで本当に仕事をしていこうと思えば、建前やら通りいっぺんの常識論で仕事ができるわけがありません。本音でぶつかり、指摘し合うことがたいへん 大事なのです。
 では、みんな本音でぶつかっているのかといいますと、やってはいません。建前で仕事が進んでいるのが大半です。それはつまり、今 までやってきた通常のルール、今までやった通りの手法、方法でやればいいではないか、というものです。通常のことを通常のようにやっている仕事が、一般の 企業では大半を占めます。そういうところでは社交術、世慣れたお付き合いだけができればいいわけです。
 たとえば大企業の場合でも、付き合い上 手、そしてある程度のオベンチャラを言い、ゴマをすって、建前のきれい事を言っていれば立身出世もしていきます。しかし我々のような中小企業では、毎日毎 日が修羅場です。その中で本当に仕事をしようと思えば、本音をぶつけ合わなければ仕事になるわけがないのです。それでも、なかなかできるものではありませ ん。
 たとえば、社内で何か問題が起るとします。不正とまでは言わないにしても、少しおかしいと思うような問題が起きる。その問題に同僚が気が付 いても、上司に「誰々の挙動がおかしいんです」と言えば告げ口になってしまう、ええ格好をしようと思って告げ口をしたと思われてはたいへんだからと、おか しいと思いながらも見て見ないふりをする。こういうことは一般の企業にもあるはずです。ですから、相当問題がこじれて大きくならなければトップまで伝わっ てこないのです。このように「"人間として何が正しいのか"を根幹に置き、そして本音でぶつかっていくのが我々のフィロソフィです」と言い、みんなも「わ かった。それでいきましょう」と了解していながら、その局面になるとできなくなるわけです。
 
 本音をぶつけ、口角泡を飛ばしてでも真実 を求めて、みんなで議論することは必要です。ただし、本音には条件があるのです。必ず建設的でポジティブな話をしなければなりません。建設的とは、みんな のために善かれという本音でなければなりません。ネガティブなもので、相手を中傷したり、足を引っ張ったりする、相手をダメにするための本音は、たとえそ れが真実であっても御法度です。
 建設的でポジティブな議論は、必ずといっていいくらい創造的で建設的な結論に導かれていきます。「こうだと思います」「それはそうや。おまえの言う通りや」とやっていくうちに、建設的で進歩的、創造的な結論に、必ず到達していくはずです。
盛和塾 稲盛塾長の講話から
「土俵の真ん中で相撲をとる」とは、常に土俵の真ん中を土俵際だと思って、一歩も引けないという気持ちで仕 事にあたるということです。納期というものを例にとると、お客さまの納期に合わせて製品を完成させると考えるのではなく、納期の何日も前に完成日を設定 し、これを土俵際と考えて渾身の力をふり絞ってその期日を守ろうとすることです。そうすれば、万一予期しないトラブルが発生しても、まだ土俵際までには余 裕があるため、十分な対応が可能となり、お客さまに迷惑をおかけすることはありません。
 このように、私達は常に安全弁をおきながら、確実に仕事を進めていく必要があります。
          **************************************************************

  このことに気が付いたのは、私が事業を始めた頃でした。中小零細企業で仕事をしていく中で、売掛金の回収が遅れ、手形決済の期日が来て、金が詰まってきた とします。どうしても金策をつけなければならず、夜中に友人のところに飛んで行って金策をする。あるいは銀行に走ったり、いろんな所に走りまわっているわ けです。そういう人をよく見たものです。
 そういう人は、ギリギリになってから一生懸命に走りまわって、そしてやっと手形が落ちたら、「よかっ た。うまくいきましたわ」と、何か大きなひと仕事をしたような感じになっておられます。しかし、手形が落ちて元々で、落ちなければ倒産する。ただ潰れるの が潰れなかっただけのことですから、いいことをしたのでも何でもないのです。なのに、必死で夜通し駆けずり回って、ひと仕事したような、あたかも一端の事 業家みたいな顔をしておられる。
 手形が落ちる日は前からわかっているし、その何日も前にお金の準備をしなければならないことはわかっているの に、何でギリギリになってから走りまわるのか。またそういう人に限って、必ず言い訳みたいな言葉がいっぱい付いてまわります。本当におかしな事です。金策 だけでなく、納期の問題でも同じ事です。

 例えば相撲を見ている時、ズルズルッと土俵際まで後退してしまって、仕方がないからうっちゃり を打つ。そうすると必ず行司が判定に迷って軍配を上げ、物言いが付いて、判定が崩れたりする。そういう場面を見て、皆さん、思いませんか?「土俵際に追い 込まれてからうっちゃるという大技がかけられるぐらいなら、真ん中で大技をかけなさい」と。
 土俵の真ん中で相撲をとるということは、つまり「余 裕のあるときに」ということなのです。業績が悪くなってきて、本業以外に何かやらなければならなくなってきたけれど、そのときには資金力も相当減り、体力 も弱ってきています。そうなってから、何か手を打とうとするのではなくて、体力のあるときに手を出しなさい。順調にいっているときには安心して何もしない で、悪くなってから手を打とうとするからますます悪くなるのです。
 いいとき、絶好調のときに、そういう技をかけようと思うならかける。これが土俵の真ん中で相撲をとるという意味なのです。

  これはちょっと、「ええ格好をしすぎはせんか」と皆さんから怒られるかもしれませんが、私は小学校に入ったときは両親がビックリするぐらい成績がよくて、 ウチの子は大したもんだと喜んでいたらしいのです。しかし長ずるに及んで学校が面白くなり、友達が増えてきて逆にガキ大将になって、小学校を卒業する頃に は、今で言うとオール3という成績になっていました。昔は甲乙丙丁と言いましたが、甲はひとつもなくて全部乙。それでも鹿児島一中という一流の中学校に行 こうと思ったのです。先生から「甲が一個もないよう者が受かるわけがない」と言われても、「どうしても行きたい」と言い張って受験をして、案の定すべった わけです。もちろん内申書も悪くて、「非常に素行が悪い」と書いてありますから、受からないのは当たり前です。
 その後、他の中学に入るのですが、それでもやっぱり遊びがいい。旧制中学1年、2年のときは、派手なケンカをよくやりました。そういうことばかりしていますから、もちろん勉強はしていません。

 勉強をしようと思ったのは、新制高校に変わり、高校1年生になってからでした。一緒に勉強をしている仲間が、『蛍雪時代』という本を見ておりました。「何だろう?」と思い、その本を借りて読んでみたら、目から鱗が落ちたのです。
 それまではケンカが強いとか、野球のピッチャーでうまい事が私を支えていたプライドだったのですが、学校の成績が悪いことは非常にみっともないことだと初めて気が付きました。
  正直、勉強をし始めたのは高校2年生の半ばぐらいでした。「これはしまった」と思い、もう一度中学1年生の勉強から、物理、化学、数学、全部やり直して受 験に備えていったのですが、優秀な頭脳を持っているわけではありませんから、努力でカバーする以外にはなかったのです。
 普通は、みんな大学までは勉強をして、大学に入ったら遊ぶと言いますけれども、私の場合には中学、高校で勉強していなかったこと、知的なものに飢えていたこと、また遊ぶお金がなかったせいもあって、ガリガリ亡者みたいに勉強をしていました。

  大学で試験の時には試験の1~2週間前には全部何回も復習をして、どこから問題が出ても100点満点取れるぐらいに勉強していました。皆さんも記憶にある と思いますが、勉強というものは大体うまくいきません。それは友達からの誘いがあったりしてつい付き合ってしまい「予習せんならん、復習せんならん」と思 いながらもギリギリまで来てしまうわけです。
 やりたい、やりたいと思いながらも勉強ができないまま、ついに試験場に行く。「ああ、3分の2くら いしか調べられんかったな。もっと調べてくればよかったけど、時間がなかった。あそこが出なきゃいいのにな」と思って試験を受けると、案の定、そこが出て いる。「シマッタ」という経験が、真面目でちょっと勉強したタイプの人には必ずあります。
 私はそれが非常にイヤなのです。高校の時、恥ずかしい と思って勉強を始めだした頃にそういうことを何回も経験していますから、そのくらい悔しい思いをするなら、うんと前に終わるように計画をすれば、どんな問 題があっても試験までには全部調べ終わる。そこまでの余裕をみたスケジュールで勉強すべきだと思って、大学時代、試験勉強をする時は試験の10日ぐらい前 には全部調べ終わるというスケジュールを自分で作っていました。
 そういうふうに、試験日が決まっているのであれば何が起っても、その間、空白の 時間になっても、それに備えられるぐらいの余裕を持つ。つまり、土俵の真ん中で相撲をとるということです。その様に学生時代に余裕を持って勉強してきたも のですから、手形が落ちる落ちないと言って飛びまわっている人を見ては、「ああ、この人では会社を潰すわ」と思ったものです。自分が手形の決済日を出して いるのですから、手形を切ったときからわかっているはずなのです。

「土俵の真ん中で相撲をとる」とは、常に土俵の真ん中を土 俵際だと思って、一歩も引けないという気持ちで仕事にあたるということです。納期というものを例にとると、お客さまの納期に合わせて製品を完成させると考 えるのではなく、納期の何日も前に完成日を設定し、これを土俵際と考えて渾身の力をふり絞ってその期日を守ろうとすることです。そうすれば、万一予期しな いトラブルが発生しても、まだ土俵際までには余裕があるため、十分な対応が可能となり、お客さまに迷惑をおかけすることはありません。
 このように、私達は常に安全弁をおきながら、確実に仕事を進めていく必要があります。
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  このことに気が付いたのは、私が事業を始めた頃でした。中小零細企業で仕事をしていく中で、売掛金の回収が遅れ、手形決済の期日が来て、金が詰まってきた とします。どうしても金策をつけなければならず、夜中に友人のところに飛んで行って金策をする。あるいは銀行に走ったり、いろんな所に走りまわっているわ けです。そういう人をよく見たものです。
 そういう人は、ギリギリになってから一生懸命に走りまわって、そしてやっと手形が落ちたら、「よかっ た。うまくいきましたわ」と、何か大きなひと仕事をしたような感じになっておられます。しかし、手形が落ちて元々で、落ちなければ倒産する。ただ潰れるの が潰れなかっただけのことですから、いいことをしたのでも何でもないのです。なのに、必死で夜通し駆けずり回って、ひと仕事したような、あたかも一端の事 業家みたいな顔をしておられる。
 手形が落ちる日は前からわかっているし、その何日も前にお金の準備をしなければならないことはわかっているの に、何でギリギリになってから走りまわるのか。またそういう人に限って、必ず言い訳みたいな言葉がいっぱい付いてまわります。本当におかしな事です。金策 だけでなく、納期の問題でも同じ事です。

 例えば相撲を見ている時、ズルズルッと土俵際まで後退してしまって、仕方がないからうっちゃり を打つ。そうすると必ず行司が判定に迷って軍配を上げ、物言いが付いて、判定が崩れたりする。そういう場面を見て、皆さん、思いませんか?「土俵際に追い 込まれてからうっちゃるという大技がかけられるぐらいなら、真ん中で大技をかけなさい」と。
 土俵の真ん中で相撲をとるということは、つまり「余 裕のあるときに」ということなのです。業績が悪くなってきて、本業以外に何かやらなければならなくなってきたけれど、そのときには資金力も相当減り、体力 も弱ってきています。そうなってから、何か手を打とうとするのではなくて、体力のあるときに手を出しなさい。順調にいっているときには安心して何もしない で、悪くなってから手を打とうとするからますます悪くなるのです。
 いいとき、絶好調のときに、そういう技をかけようと思うならかける。これが土俵の真ん中で相撲をとるという意味なのです。

  これはちょっと、「ええ格好をしすぎはせんか」と皆さんから怒られるかもしれませんが、私は小学校に入ったときは両親がビックリするぐらい成績がよくて、 ウチの子は大したもんだと喜んでいたらしいのです。しかし長ずるに及んで学校が面白くなり、友達が増えてきて逆にガキ大将になって、小学校を卒業する頃に は、今で言うとオール3という成績になっていました。昔は甲乙丙丁と言いましたが、甲はひとつもなくて全部乙。それでも鹿児島一中という一流の中学校に行 こうと思ったのです。先生から「甲が一個もないよう者が受かるわけがない」と言われても、「どうしても行きたい」と言い張って受験をして、案の定すべった わけです。もちろん内申書も悪くて、「非常に素行が悪い」と書いてありますから、受からないのは当たり前です。
 その後、他の中学に入るのですが、それでもやっぱり遊びがいい。旧制中学1年、2年のときは、派手なケンカをよくやりました。そういうことばかりしていますから、もちろん勉強はしていません。

 勉強をしようと思ったのは、新制高校に変わり、高校1年生になってからでした。一緒に勉強をしている仲間が、『蛍雪時代』という本を見ておりました。「何だろう?」と思い、その本を借りて読んでみたら、目から鱗が落ちたのです。
 それまではケンカが強いとか、野球のピッチャーでうまい事が私を支えていたプライドだったのですが、学校の成績が悪いことは非常にみっともないことだと初めて気が付きました。
  正直、勉強をし始めたのは高校2年生の半ばぐらいでした。「これはしまった」と思い、もう一度中学1年生の勉強から、物理、化学、数学、全部やり直して受 験に備えていったのですが、優秀な頭脳を持っているわけではありませんから、努力でカバーする以外にはなかったのです。
 普通は、みんな大学までは勉強をして、大学に入ったら遊ぶと言いますけれども、私の場合には中学、高校で勉強していなかったこと、知的なものに飢えていたこと、また遊ぶお金がなかったせいもあって、ガリガリ亡者みたいに勉強をしていました。

  大学で試験の時には試験の1~2週間前には全部何回も復習をして、どこから問題が出ても100点満点取れるぐらいに勉強していました。皆さんも記憶にある と思いますが、勉強というものは大体うまくいきません。それは友達からの誘いがあったりしてつい付き合ってしまい「予習せんならん、復習せんならん」と思 いながらもギリギリまで来てしまうわけです。
 やりたい、やりたいと思いながらも勉強ができないまま、ついに試験場に行く。「ああ、3分の2くら いしか調べられんかったな。もっと調べてくればよかったけど、時間がなかった。あそこが出なきゃいいのにな」と思って試験を受けると、案の定、そこが出て いる。「シマッタ」という経験が、真面目でちょっと勉強したタイプの人には必ずあります。
 私はそれが非常にイヤなのです。高校の時、恥ずかしい と思って勉強を始めだした頃にそういうことを何回も経験していますから、そのくらい悔しい思いをするなら、うんと前に終わるように計画をすれば、どんな問 題があっても試験までには全部調べ終わる。そこまでの余裕をみたスケジュールで勉強すべきだと思って、大学時代、試験勉強をする時は試験の10日ぐらい前 には全部調べ終わるというスケジュールを自分で作っていました。
 そういうふうに、試験日が決まっているのであれば何が起っても、その間、空白の 時間になっても、それに備えられるぐらいの余裕を持つ。つまり、土俵の真ん中で相撲をとるということです。その様に学生時代に余裕を持って勉強してきたも のですから、手形が落ちる落ちないと言って飛びまわっている人を見ては、「ああ、この人では会社を潰すわ」と思ったものです。自分が手形の決済日を出して いるのですから、手形を切ったときからわかっているはずなのです。

「自らを追い込む」

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稲盛塾長の講話から
「自らを追い込む」 

 

 困難な状況に遭遇しても、決してそこから逃げてはいけません。

追い込まれ、もがき苦しんでいる中で、「何としても」という切迫感があると、

普段見過ごしていた現象にもハッと気づき、解決の糸口がみつけられるものです。

火事場の馬鹿力という言葉があるように、切羽詰まった状況の中で、

真摯な態度で物事にぶつかっていくことによって、

人はふだんでは考えられないような力を発揮することができます。

人間はえてして易きに流れてしまいがちですが、

常にこれ以上後に退けないという精神状態に自らを追い込んでいくことによって、

自分でも驚くような成果を生み出すことができるのです。


          **************************************************************

 

 私は研究を始めた頃、こういうことがありました。


 連日徹夜をして実験をしているけれど、なかなかいい結果が出ない。

苦しみ、もがきながら、さらに研究を続け、切羽詰まった状況がずっと続いている時、

ある瞬間にポッと自然に戻ったような気がするのです。

非常にテンションがかかって研究をやっているのですが、そのテンションがホッと抜ける。

そういうときにパッと閃くわけです。

そのヒントでもって実験をすると成功するというそんな事がありました。


 地方大学を出て、京都の松風工業というセラミックの会社に入り、

そこでファインセラミックス分野の研究を始めたのですが、

私はその分野の優秀な技術屋ではありませんでした。

石油化学、合成樹脂といった有機合成の分野が好きで、

大学時代もそちらに焦点を絞って勉強をしてきましたし、

また卒業論文も有機化学分野のものでまとめようとしておりました。

それが、どこにも就職がなく、やっと無機化学、窯業の世界への就職が決まったものですから、

卒業間際になってから、卒業論文をセラミックの分野に変えて、泥縄でやってきたわけです。

もちろん、大学4年間のなかでは無機化学、窯業の分野の勉強もし、単位も取っておりましたから、

必ずしも無知だったわけではありませんが、私には興味の薄い分野でした。

 
 研究に打ち込んでいく中で、私は新しい焼き物の合成に成功しました。

それは、GE(ゼネラル・エレクトリック)の研究機関ですでに開発されていたもので、

それからちょうど1年遅れでの開発でした。

それが松風工業の主力製品になっていきましたし、私が京セラをつくったときの主力製品も、

そのファインセラミックでした。


 日本の地方大学を出て、しかも特別専門的に勉強しているわけでもない私が、

そういう新しい材料の合成を成功させるのは非常に珍しい事でした。

しかしそういうものができていったのは、「何としてもこの研究をものにしよう」と

思って自らを追い込んで、狂気の世界にまで自分を追い込んで、

没頭した中でヒントが出てきたからだと思います。


 京セラフィロソフィの中には「自らを追い込んで限界までいった時に

神の啓示がある」という表現をした物があります。

パッと閃いた時、それは神様が「これだけコイツが頑張っているなら何とか助けてあげたい」思い、

教えてくれたからだと喩えてもいいのではないかと思います。

 

 ちょっと脱線しますが、やっと就職が決まって、有機化学分野から急遽、

無機化学の卒論に変えた方がいいと言われて、無機化学の先生の所に行ったのですが、

その先生は大変人柄がよくて、お酒好きで夜中学生達と飲むという天真爛漫、素晴らしい先生で、

学生からもとても慕われていました。


 京セラをつくり必死でやっていたある時、母校を訪ねたことがありました。

私はカリカリになって研究をし、仕事もし、会社経営もやっているというのが顔に出ていたのでしょう。

先生から「稲盛さん、そんなにキリキリとやっておったのでは身体が保ちませんよ。

やはり人間、余裕がなければいいアイデアは出ません。

そんなに思い詰めていてはいけません」と言われました。


 「先生、そんなもんじゃないんです。まさに素晴らしいアイデア、素晴らしい閃きは、

自分を追い込んで、ギリギリのところで研究をしているときにしか出てこないんですよ。

余裕がある時に出たアイデアは思い付きであって、

そんな思い付き程度では仕事なんてうまくいきません。

ましてや最先端の研究をするのに、思い付き程度では立派な研究なんかできるわけはないんです」

と若い頃、非常に人柄のいい先生に、そう言って食ってかかったことがありました。

 「自らを追い込む」というなかには、もうひとつあります。

よく火事場の馬鹿力と言いますが、精神が集中したときには、

肉体的、物理的な力まで巨大なものが出ることがあります。

火事場の馬鹿力は、それを証明しているわけです。

 また、催眠術も同じ事で、「催眠」という形で精神を統一させられ、

神経が集中した瞬間、本当にすごい力を発揮するということがあります。

このように自らを追い込んでいくことによって、想像もつかないような物理的な力まで発揮でき、

精神的な閃きも得られると同時に、想像もできないようなことができるわけです。

 そういう意味で、私は自分で自分を追い込んで、それに熱中する、

没頭するということをやってきたわけですが、そこには、さらにもうひとつの効果があります。

精一杯自分を追い込むと、その「精一杯やった」「これ以上やれない」という安心感が

自分にありますから、あとは天命を待とうとするのです。

 ちょっとヘンかもしれませんが、私の場合には「精一杯やった。あとは天命を待とう。

これで潰れるならしようがない」と思うのです。

 それは非常に大事なことで、普通、みんな中途半端にやっていて

最悪の状態に落ち込んでいくものですから、精神的に非常に苦労をするのです。

たとえば、もう潰れそうだ、金策がつかない、手形が落ちない。

「ああ、あのときにやっておけばよかった」と心労を煩わせてしまうわけです。

そうなると健康まで害してしまい、場合によっては命まで落としてしまうこともあるのです。


 しかし一生懸命にやって、あとは「ここまでやったんだから」と天命を待つ。

その安心立命ができるぐらいにまで、自分を追い込んでやるということがたいへん大事なのです。

稲盛塾長の講話から

 

前線の指揮、後方の指揮、機を見て応変に 「率先垂範する」とは、

部下を従えて、先頭を切って仕事をしなさいということです。

先頭を切って、自分が先頭に立って仕事をしなければなりません。


 これはリーダー論になりますが、

リーダーというのは、率先垂範しなければならないと思っています。

ですから、先頭を切って自分で仕事をし、その後ろ姿で部下を教育する、

教えるのが正しいことだと思って、私は最初から仕事をしてきました。

ところが、リーダーが先頭を切って仕事をするのは

本当に正しいんだろうかという考え方も一般にはあります。

 

 では、トップはどこにいるのが正しいのか。

私は中小零細で会社を始めた当時からそれが問題であり、疑問でした。

 

 リーダー論の本を読みますと、トップ、つまり社長は最前線に出ることも大事かもしれないが、

それによって大局を見誤ってはならないということがよく出てきます。

経理の問題、教育の問題、人事の問題、総務の問題、または技術の問題、工場の問題、

そういうものを広く見渡して、すべてに的確に指示を

与えていかなければならないのが社長ですから、

そのためには全体が見渡せるような高い丘の上にのぼり、

そこから全軍の指揮を打つのが正しいはずだということが、一般のリーダー論のなかにあります。

また、そういうリーダー論を読んで、そういうことをやっておられる社長さんは

たくさんおられますが、私はどうもそうではないように思うんです。

 

 一線の営業マンと苦楽を共にする。

たとえば、戦争映画では、最前線で塹壕を掘って、土砂降りの雨のなか、

そこに這いつくばり、敵から打ち込まれてくる銃弾のなかを必死で防戦している。

たしかに、最前線の塹壕のなかで泥水をすすりながら兵を励まし、

ともすれば崩れそうな自分の陣地を叱咤激励をし、

最前線に踏み止まっている部隊長、大将は素晴らしいという評価もあると同時に、

そういう考えなしでやっているものだから、その局面は守れたかもしれないが、

一方の右翼、左翼の陣が打ち破られて、結局は敗走に継ぐ敗走をして全滅してしまったではないか。

あの考えなしの部隊長が格好よく最前線に行き、一部の兵に素晴らしい部隊長だと誉められて、

それに酔ってしまっているものだから大局を見失ってしまって、

わが部隊は全滅したという非難を受ける例もあるのです。


 かといって、最前線では凄惨を極め、互いに弾薬が切れて白兵戦になり、

敵味方入り乱れて銃剣で血だるまになって戦っているという悲惨な状況も知らないで、

後方の丘の上に陣取り、悠々と戦況を見ている。

だから、いくら戦況の報告があっても、

その緊迫感が伝わらないために戦局を誤る司令官の例もあります。

後方にいて見ていたらいいのか、前線に行ったらいいのか。

 

 私は、どちらも真理なんだと思います。

後ろにいて全軍を見渡して指揮を打つのも真理です。

最前線で兵と苦楽を共にし、死線をさまよいながら、みんなを叱咤激励するのも真理です。

ですから、どちらかに偏っていてはいけないのだということだけはわかりました。


 前線だけで働いていたのでは戦局を誤ってしまいますから、前線で兵を叱咤激励し、

みんなと一緒に苦労しながら、取って返して後方に行き、全体を見渡して仕事をする。

臨機応変に行ったり来たりすることが必要です。

しかし一番大事なことは、やはり、社員の先頭を切って自分が仕事をするという勇気です。

私はそう思ったので、率先垂範するということを言っているのです。

 

 この率先垂範は社長だけの問題ではありません。

営業を任せている部長、課長もそうでなければなりません。

工場でモノを作っている課長もそうです。人をアゴで動かすだけが能ではないはずです。

自分自身で自分の手を染めてやっていくような人でなければなりません。

 

そういう意味でございます。

稲盛塾長の講話から

先輩後輩関係なし。渦の中心になる者こそリーダー


 たとえば、社内において

「新製品が開発されたので、その販売計画をたてなければならない」とか、

「我が社の社員の質を高めるために、社員教育を行おうではないか」という課題、

様々なテーマは四六時中、出てきます。


 そういうテーマが出てくると必ず、

「みんな、定時後にちょっと集まってくれ。社長がこの前から、

社員教育をやって社員の質を高めようと言っておられるので、

そのことについて話をしようと思う」と言い出す社員がいます。

それは中堅社員とは限りません。

なかには自分の先輩までを集めて、そういうことを言い出し、渦の中心になる社員がいます。


 つまり、会社の中のいろんなところで仕事の渦が巻いている状態、

それが活力のある、活気のある会社だと思います。

そして、そのなかで自分が中心になって取り仕切っていくような、

そういうに渦の中心にいなさい。これが「渦の中心になれ」ということなんです。

 

 渦の中心で、周囲を動かす為には、問題意識がなければなりません。

命令で動かすのではないのです。

問題意識があって、その問題を周囲に提供することによって、周囲を動かせるんです

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