人間の無限の可能性を追求する

| | コメント(0)
稲盛塾長の講話より

京セラフィロソフィの第2章「素晴らしい人生を送るために」の中にある第4節「新しいことを成し遂げる」の2番目「人間の無限の可能性を追求する」から

******************************************
人間の無限の可能性を追求する
(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)

 仕事において新しいことを成し遂げられる人は、自分の可能性を信じることのできる人です。現在の能力をもって「できる」「できない」を判断してしまっては、新しいことや困難なことなどできるはずがありません。人間の能力は、努力し続けることによって無限に広がるのです。
 何かをしようとするとき、まず「人間の能力は無限である」ということを信じ、「何としても成し遂げたい」という強い願望で努力を続けることです。ゼロからスタートした京セラが世界のトップメーカーになったのは、まさにこのことの証明です。
 常に自分自身の持つ無限の可能性を信じ、勇気をもって挑戦するという姿勢が大切です。

***********************************************************
 
   人間の無限の可能性を追求するということは、「人間の無限の能力を信ずる」と言い換えてもいいかもしれません。つまり「人間は誰でも無限の能力を持ってい ます。それは自分で自覚をしていないかもしれませんが、それを信じてください」という風に、冒頭の言葉を換えてもいいかもしれません。
 例えば学生時代それほど優秀ではなかった。試験でもヤマが外れて0点であったりした。その実績から見れば、無限に近い能力があるなんてことは信じられません。ですがあえて、私は「無限の能力があると信じなさい」と言うのです。
  これは矛盾であり、100人にそういうことを言っても、誰も信じません。しかし、だからこそみんな偉くならないのです。なんでもいいからそれを信じる人が ひとりでもいたら、その人だけ偉くなるのです。自分が元々できなかったのに、「オレには無限の能力があるんじゃなかろうか」と急に信ずるわけですから、そ れはよほどのオッチョコチョです。そのいい加減な奴になれ、ということを今から説こうというのです。


 能力というものは、なにも頭だけではありません。私が使う「能力」とは、肉体的な能力もすべて含めた、社会における能力ということです。
 一般には「能力が無限である」ということは信じられません。ですから、「能力は進歩する」「能力は磨けば向上する」と言い換えてもいいかもしれません。
  今健康でも朝晩に運動をしたり常に気を付ければより一層健康になるはずですし、肉体的な能力にしても、トレーニングをすれば更に強くなっていくはずです。 頭もそうです。磨かなかったから進歩しなかった、向上しなかっただけで、「自分の能力は無限であることを信じよう」と信ずるなら、今日から自分の能力を磨 く努力をしましょう。
『自分の能力を向上させよう。自分は気が付いていないけれども、自分には無限の能力があるはずだ。それは、自分が今まで磨い てこなかったから、能力を向上させるように努力してこなかっただけなんだ。だから能力を磨いていこう。そのためには、まず「自分には無限の能力がはるはず だ」と信じることだ。』 このように考えていくことが大事だと思います。



 人間の無限の可能性、または無限の能力を信じ て能力を向上させ、進歩させていくためには地味な努力の積み重ねしかありません。京セラフィロソフィのなかに「地味な努力を積み重ねる」という言葉があり ますが、自分の無限の能力を磨くためには、毎日毎日、本当に地味な努力を積み重ねていくことが必要なのです。
 また同時に、常に創造的な仕事をし なければなりません。京セラフィロソフィの中で私は「今日よりは明日、明日よりは明後日と常に創意工夫をして、毎日の仕事をしなさい」と言っていますが、 創造的で大きな仕事を完成させるためには、毎日同じことをやるのではなく、常に創意工夫をして仕事をすることが非常に大切なことなのです。
 自分自身で「自分は無限の能力を秘めておるんだ」と思うなら、まずそれを信じてください。ただし、いくら信じても、それだけの能力はありません。ですから、毎日地味な努力をし、それを磨き上げていくことが必要になってくるわけです。



「人間の無限の可能性を追求する」ということを私が言っていますのは、何かを新しく始める際、「お金もないし、技術もないし、経験もないし、人材もいない。だからできない」と思うことを止めていただきたいという事なのです。
た とえば今、たいへん不況だとします。そして部下の営業部長に、「注文が少ない。もっと頑張って注文を取ってこい」と言います。しかし、現在の厳しい環境 下、注文を取ることがいかに難しく、同業他社も非常に苦しんでいる、という話がたくさん聞こえてきます。ですから、非常に厳しい経済環境の中では自分の 言っていることはムリなのかなと思って、つい矛先が緩んでしまいます。
 また、自分の会社はこういう業種だけれども、21世紀に向けて段々と時代 も変わってくる。友達やらいろんな人達の様子を見ていると、あんなこともしてみたい、こんな事業もしてみたい。しかしそうは思えども、自分には能力もない し、技術もないし、資金もないんだから、それはムリだ──。
 そういうふうに簡単に条件をいっぱい挙げて、諦めてはいけません。「何とかすれば何とかなるんではなかろうか」というところから入らなければならないのです。
  いかに人間の無限の可能性を追求すると言ったところで、また人間の無限の能力を信ずると言ったところで、簡単にポッとできるものは絶対にありません。しか し、「これは難しいから、ウチにはムリだろう」と簡単に考えることだけは止めましょう。何とかすれば何とかなるのではなかろうかと考えれば、じゃあ、取っ かかりをやってみようかとなります。「やってみようか」となって、そこから地味な努力を続けるんです。それは尺取り虫が地べたを這うていくようなものかも しれませんが、そういうことから始まっていくものなのです。



 私はセラミックの専門家です。いや、専門家ぶっていますけ れども、そんなに専門家でもないのです。大学生の時私は有機化学を専攻していました。セラミックは無機化学で、そのなかでも鉱物結晶等を中心にする分野で すが、それは嫌いで、中でも焼き物は特に嫌いであまり興味がありませんでした。そういうふうに有機化学に興味を持っていた男が、就職がなかったものだから たまたま焼き物の世界に入った、それだけのことなのです。ですから、そんな男が自分の専門とは言えない分野で一生懸命に地味な努力をしてきたのです。
  そのときに、「有機化学の方向で就職ができていれば頭角を現したかもしれないが、たまたま就職ができずに無機化学のセラミックの分野に入った。オレはセラ ミックの勉強はあまりしていないし、ダメだと思うな」と私自身が思っていたら、おそらく今日はないでしょう。たまたま勉強していなかった分野に入ったけれ ども、私は必死に勉強し、必死に努力をし始めた。つまり、能力がなかったのに、自分で能力を向上させよう、磨こうとした。そのために、たちまちに頭角を現 して行ったのです。過去にそれがあるかないかではありません。そういうものにこだわらずに、「何とかしよう」「何とかせねばならん」と考えたことがきっか けになって成功していくのです。
 セラミックに没頭し始めると、セラミックの分野の専門家になっていきますし、世界にも負けないという自信も出て きて、さらにやっていく。そうして27、28年、専門分野をやってきて、今から17、18年前、まったく関係のない電気通信事業、第二電電という分野に乗 り出していったのです。
 通信業界には明治以来、国の多額な資金で当時35万人もの従業員を抱えるNTTという巨大な組織がありました。研究所で は何万という研究員が専門的な研究をしているいるような、そんな分野に乗り込んでケンカを売ろうというですから、普通ではそんなことができるはずがありま せん。まさに無謀でムチャクチャな戦いですし、普通の人ならみんなできるとは思いません。だからみんな諦めるわけです。その中で名乗りを挙げたのは、最初 私だけでした。非常に無茶なことで、「あれはバカと違うか。ただ単に自爆するために、自殺するために乗り出しただけではないのか」と言われたものですが、 私にしてみれば、努力をすれば必ず道が開けるのではないかと思ったから乗り出したのです。
 
 大変失礼な言い方かもしれませんが、多くの 評論家やジャーナリストの人達は、実は何も分かっていない人や人間的にもあまりできていない人がたくさんいます。そういう人が一方的に人を批判しますか ら、よく的外れなことを言ってしまうのです。京セラがたいへん伸びていったとき、彼らは「京セラがたいへんな発展をし立派になったのは時節に合っていたか らだ」と言いました。
 ニューセラミック、ファインセラミックの時代が来たとき、たまたま私がセラミックの専門家として仕事をしていた、つまり時代の流れに合った。だから成功したんだという表現を、多くの評論家がしていました。
  ところが、セラミックの時代を作ったのは私なのです。私は論文をたくさん出しているわけでもありませんし、国際的な専門の学会にも論文はひとつも出してい ないのですが、20世紀後半、稲盛和夫という男がこの世に現れたために、ファインセラミックスという学問の場が脚光を浴び、世界の注目を集めるようになっ たということで、アメリカを中心にした世界のセラミック業界の人達、またはマテリアルサイエンスの人達から、私は何回も賞をいただいています。ファインセ ラミックスが脚光を浴びるようになったために多くの若い研究者が張り切って研究し、さらにファインセラミックスの学会が活況を呈し、新しい材料として世間 でも認められることになりました。たとえば自動車エンジン等にセラミックを使うなんてことは、無謀で誰も考えなかったことです。なのに、私がセラミックを 使おうと言い出し、事実それを成功させてみせた。そういうことをしていった結果として、最高の賞をくださるわけです。
 にも関わらず、化学評論家の方々は「京セラが成功したのは、たまたま時流に乗ったからだ」と言われる。ですから社内では、私はこういうことを言いました。

  残念だな。誰も何もわかっていないんだな。我々がセラミックのブームを作ったのに、ブームが先にあって、それに乗っかったから成功したと言われる。たまた まそういう時代が来たために、うまくいったと言われているけれども、そうではない。私どもは元々技術的に立派なものはなかったはずだ。あったのは、この フィロソフィだけだった。このフィロソフィがすべてのものの源泉だった。

 心の問題がすべての根源であって、そこから木が生えていくよう に、心という根っ子からすべてが生えていくんです。京セラが成功したのも、会社をつくった当時、拙い京セラフィロソフィというものを作り上げて、どうもそ れが根本ではないかと思ってやってきた。そのことが京セラの技術を花咲かせ、成功させていったのだと私は思っています。
 ですから、第二電電とい う電気通信事業に出ていく時、「人間の無限の可能性を追求する」「人間の無限の能力を信ずる」ということでなければ乗り出していけないわけですが、そのと きも私が武器にしたのは京セラフィロソフィでした。その時、心ある幹部の人達に、こういうことを言いました。

 『第二電電がもし成功したときには、僕は電気通信の技術も何もわからないんだから、そのわからない男が采配を振って成功した時には、フィロソフィで成功したことの証明になるからやってみる。』

  フィロソフィがナマクラなもので、「塾長、そんな寝言みたいなことを言ったって、そうはなりませんよ」と思われるかもしれませんが、本当にこのフィロソ フィだけで、そんな大変なことができるのか、できないのか。これはまさに、私の人生の後半をかけての証明だったわけです。つまり、心の問題がどのくらい大 事なものかを証明するために、私は第二電電というものにチャレンジをしたんだと思っています。
 先ほど冗談めかして学校の成績だとか言いましたけ れども、第二電電は私が満50歳になってからチャレンジしました。齢もいって、気力も決して若くないときに始め、そしてやり遂げ、人間の無限の可能性を追 求する、人間の無限の能力を信ずるという事をまさに証明してみせたのです。皆さんもぜひ、自分にもすごい能力が隠されているはずだという事を信じて、やっ ていただきたいと思います。



 地味な努力を積み重ね、常に創造的な仕事をすることを考えて、少しずつ、少しずつでもいい から努力をしていくことが自分の能力を磨き、そして向上させ、進歩させるもとです。理屈で言えばそうなりますが、ではそれができる人はどんなタイプなのか といいますと、やはり意欲的な人なのです。同じ人生でも、いろいろ悲観的なことをあげつらう人ではなくて、意欲的で明るくて、そして自分から進んで物事を 考えながら実行していくようなタイプの人。言い換えると、常に新しいことに好奇心を持ち、好奇心をもって考えて実行し、実行することを楽しんでいる人。そ ういう人だと思います。
 第二電電を始める時に「オレは可能性を信じてやっていくんだ」と悲壮感だけでやっていくのではありませんでした。私には フィロソフィというものがある。それに従って努力をしていこう。そうすれば必ず道はひらけると思ってやっていくものですから、そこに楽天的なものも少しあ りました。悲壮感だけでは、やっぱり折れてしまします。明るい楽天的な面がなくてはなりません。これが「人間の無限の可能性を追求する」という項目になり ます。

コメントする

このブログ記事について

このページは、前田が2008年7月16日 08:55に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「潜在意識にまで透徹する強い持続した願望を持つ」です。

次のブログ記事は「チャレンジ精神を持つ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。