稲盛塾長の講話より
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チャレンジ精神を持つ
(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)
人はえてして変化を好まず、現状を守ろうとしがちです。しかし、新しいことや困難なことにチャレンジせず、現状に甘んずることは、すでに退歩が始まっていることを意味します。
チャレンジというのは高い目標を設定し、現状を否定しながら常に新しいものを創り出していくことです。チャレンジという言葉は勇ましく、非常に快い響きを 持つ言葉ですが、これには裏付けが必要です。困難に立ち向かう勇気と、どんな苦労もいとわない忍耐、努力が必要なのです。
自分達にはとてもできないと言われた難しいものをつくるというチャレンジの連続が、京セラを若々しく魅力ある会社にしてきたのです。
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我々はよく「チャレンジ」「挑戦」「挑戦しよう」ということを言います。挑戦とは、言葉をかえれば対抗心、闘争心、つまり戦うということと同じです。「何 々にチャレンジをしよう」と言えば、非常に快い響きがあります。しかしそれは、戦うということを意味するのです。ですから、京セラフィロソフィにも書いて あるように、そこには常に裏付けが必要です。チャレンジをするタイプの人は、どんな困難にも立ち向かう勇気、そしてどんな苦労も厭わない忍耐と努力が必要 です。つまり、どんな困難にも立ち向かっていくという勇気のない人、またはどんな苦労も厭わずに努力をするということのない人の場合には、チャレンジをし てはいけないのです。そういう人が「フィロソフィで言われているからチャレンジ精神を持とう」と軽々に挑戦しますと、とんでもない大失敗をしてしまいま す。挑戦をして、どんな障壁にぶち当たろうとも、それに耐えて努力をしていくというタイプの人でない限り、チャレンジしてはいけません。常に新しいことを 成し遂げるためにチャレンジしているのが経営者なのですから、経営者には勇気がなければいけませんし、誰にも負けない忍耐力が要りますし、誰にも負けない 努力家でなければいけないということになります。チャレンジをする、挑戦をするということは、まさにそういうものを持っている人でなければ、軽々に言葉に してもいけませんし、挑戦をしてもいけません。現状維持でいいのです。
チャレンジとは対抗心、闘争心みたいなものだと言いましたけれども、同時 にこれは、野蛮、野性、野性味あふれた挑戦、バーバリズム(野蛮主義)、バーバリアン(野蛮人)とも言い換えられると思います。野性的で野蛮的なところが あるものだから挑戦をする。そういう意味では対極にある文明人、教養人はあまり挑戦なんてしないのかもしれません。
世界史の文明の興亡を見て も、必ず野蛮人に文明人が滅ぼされています。たとえばローマが滅びていくのも、ゲルマンの野蛮人が勢力を持って潰していく。または蒙古系がヨーロッパを席 巻し、文明を滅ぼしていく。つまり、文明と野蛮が対立したときには、文明の度合いも知識も高い方が勝たなければならないのですが、必ずチャレンジ精神を 持っている野蛮が勝つのです。それは闘争心が、文明人なんかよりは遙かに強いからです。
新しいことを成し遂げていくためにはチャレンジ精神を持つことがたいへん必要だと言っているのが、この項目です。
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チャレンジ精神を持つ
(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)
人はえてして変化を好まず、現状を守ろうとしがちです。しかし、新しいことや困難なことにチャレンジせず、現状に甘んずることは、すでに退歩が始まっていることを意味します。
チャレンジというのは高い目標を設定し、現状を否定しながら常に新しいものを創り出していくことです。チャレンジという言葉は勇ましく、非常に快い響きを 持つ言葉ですが、これには裏付けが必要です。困難に立ち向かう勇気と、どんな苦労もいとわない忍耐、努力が必要なのです。
自分達にはとてもできないと言われた難しいものをつくるというチャレンジの連続が、京セラを若々しく魅力ある会社にしてきたのです。
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我々はよく「チャレンジ」「挑戦」「挑戦しよう」ということを言います。挑戦とは、言葉をかえれば対抗心、闘争心、つまり戦うということと同じです。「何 々にチャレンジをしよう」と言えば、非常に快い響きがあります。しかしそれは、戦うということを意味するのです。ですから、京セラフィロソフィにも書いて あるように、そこには常に裏付けが必要です。チャレンジをするタイプの人は、どんな困難にも立ち向かう勇気、そしてどんな苦労も厭わない忍耐と努力が必要 です。つまり、どんな困難にも立ち向かっていくという勇気のない人、またはどんな苦労も厭わずに努力をするということのない人の場合には、チャレンジをし てはいけないのです。そういう人が「フィロソフィで言われているからチャレンジ精神を持とう」と軽々に挑戦しますと、とんでもない大失敗をしてしまいま す。挑戦をして、どんな障壁にぶち当たろうとも、それに耐えて努力をしていくというタイプの人でない限り、チャレンジしてはいけません。常に新しいことを 成し遂げるためにチャレンジしているのが経営者なのですから、経営者には勇気がなければいけませんし、誰にも負けない忍耐力が要りますし、誰にも負けない 努力家でなければいけないということになります。チャレンジをする、挑戦をするということは、まさにそういうものを持っている人でなければ、軽々に言葉に してもいけませんし、挑戦をしてもいけません。現状維持でいいのです。
チャレンジとは対抗心、闘争心みたいなものだと言いましたけれども、同時 にこれは、野蛮、野性、野性味あふれた挑戦、バーバリズム(野蛮主義)、バーバリアン(野蛮人)とも言い換えられると思います。野性的で野蛮的なところが あるものだから挑戦をする。そういう意味では対極にある文明人、教養人はあまり挑戦なんてしないのかもしれません。
世界史の文明の興亡を見て も、必ず野蛮人に文明人が滅ぼされています。たとえばローマが滅びていくのも、ゲルマンの野蛮人が勢力を持って潰していく。または蒙古系がヨーロッパを席 巻し、文明を滅ぼしていく。つまり、文明と野蛮が対立したときには、文明の度合いも知識も高い方が勝たなければならないのですが、必ずチャレンジ精神を 持っている野蛮が勝つのです。それは闘争心が、文明人なんかよりは遙かに強いからです。
新しいことを成し遂げていくためにはチャレンジ精神を持つことがたいへん必要だと言っているのが、この項目です。

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