開拓者であれ

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稲盛塾長の講話より

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開拓者であれ
(第2章第4節「新しいことを成し遂げる」)

 京セラの歴史は、人のやらないこと、人の通らない道を自ら進んで切り開いてきた歴史です。誰も手がけたことのない新しい分野を開拓していくのは容易ではなく、海図や羅針盤もない状況で大海原を航海するようなものです。頼りになるのは自分たちだけです。
 開拓するという事は大変な苦労が伴いますが、反面これをやり遂げたときの喜びは何ものにも代えがたいものがあります。このような未踏の分野の開拓によって、すばらしい事業展開ができるのです。
 どんなに会社が大きくなっても、私たちは未来に夢を描き、強烈な思いを抱く開拓者としての生き方をとり続けなければなりません。

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  ここでは「常に開拓者であれ」ということを言っているのですが、このなかに「海図や羅針盤もない状況で大海原を航海するようなものです。頼りになるのは自 分たちだけです」という言葉があります。私は大学を出て焼き物の会社に就職をしましたが、元々その業界を知っていたわけでもありませんし、専門分野におけ るたいへん偉い先生がいたわけでもありませんから、自分が研究する方向を「この方向だ」と教えてくれる人もいませんでした。結局手探りで自分の道を歩かな ければならず、真っ暗闇のなかを海図も持たずに航海するようなつもりで、私は会社経営をやってきました。研究の場で歩くのも、人生を歩くのも不安でした。 それを、こんな風に例えたのです。

 私は道とも思えないような、田んぼのあぜ道みたいなところを歩き始めた。ぬかるんでいて、ツルッと 滑っては田んぼに足を踏み外したりしながら歩いている。カエルが飛び出してきたり、ヘビが出てきたりもする。フッと横を見ると、舗装されたいい道路が通っ ている。車もビュンビュン通っているし、その道を歩いている人もいる。その道を歩けばもっとラクなのに────。

 「舗装されたいい道」というのは先生が教えてくれた道、または方向のことです。あるいは、みんなが通っている道です。

  土手を少しよじ登って、舗装された道路を歩けばいいんだけども、あんな道は歩きたくない。あの道路はみんな靴を履いているけれども、こっちは裸足だし、靴 も買ってもらっていない。夏の暑い日には焼けたアスファルトの上を裸足では痛くて歩けない。それよりはあぜ道のほうがいい。
 また人が研究すると ころを歩いていたら、下を向いて歩いても何も落ちてはいないだろう。研究だから、新しいものを発見しなければならないけれども、人がいっぱい歩いているの だから、何にもないだろう。それよりは泥田のあぜ道のほうが、まだ研究するのにはいい。人が通らない道だから、いろいろ新しいものが見付かって研究も進む だろうし、面白いだろう。
 どっちへ行けばいいかわからないけれども、こっちは足を踏み滑らして泥まみれになって歩かなければならないけれども、だけどオレはこっちを歩こう。

 大学を出て2、3年の頃でした。26歳ぐらいの頃、そういうイメージを自分で描いて、おそらく私は一生道のないところを歩くだろうと思っていましたし、また歩くべきだろうと考えていたのです。



 このように考えて、ずっとその道を自分で好んで歩いてきました。まさに海図も羅針盤もない道を歩いていくという感じです。
  あてにするものもなく歩いていくと、やがて小川にぶつかります。その小川を右に曲がるのか、左に曲がるのか。それとも小川を突っ切って、川のなかに入って 真っ直ぐ行くのか。川の深みがどのくらいなのかわかりませんから、ヘタすると溺れるかもしれません。つまり、判断をしなければならないのです。
一 般には、研究をする場合でも、人生を歩く場合でも、海図や羅針盤を持っていて、それを見ながら「こっちへ行ったら危ないな。あっちへ行こう」となります。 それは誰かが通ったことがある道だから地図があり、道路標識が置いてあるのであって、誰も歩いたことがないところには、そんなものはありません。それでも 私は25、26歳のときに歩こうとしたのです。そういうときには、地形を見てどちらに行くか考えなければならないのですが、なかなかできるものではありま せんでした。
今は地形という例えをしましたが、実際に仕事の面では、技術的な開発があります。その技術的な開発で行き詰まる。その時にどちらに行 こうかとなるわけです。そのときに、「自分の心のなかに羅針盤が必要だ」と思い、その羅針盤を、研究の場合にも京セラフィロソフィとしたのです。
 研究の場合に京セラフィロソフィなんて羅針盤になるわけがない、とお考えでしょう。ところが、実は羅針盤となったのです。
 
  私はよく「人間として何が正しいのかということが京セラフィロソフィの原点です」と言っています。または「動機善なりや」「利他か利己か」ということもよ く言っていますが、つまり、何が善なのか、何が人間にとって善きことなのか、何が利他なのか、利己なのか。そういうことを、技術開発に行き詰まってどっち へ行こうかとなった場合でも、判断基準にしたのです。
 たとえば、ラクそうに見えるから、こっちの研究を取ろうとした。これは自分に都合がいいわ けですから利己です。この研究をこっちに進めて、それがみんなのためになるのなら、そっちを選ぶ。つまり、善なのか悪なのか、または利己なのか利他なの か。研究の場合でも、そういう基準で行く先を選んでいきました。そして、それで間違いがなかったわけです。
 誰にも教わりませんから、自分自身で 心を鎮め、純粋にして、すべての方向を自分で考えるということを今日までやってきました。それはたいへん厳しい生き方です。ですが、そういうことをやって きたものですから、岐路に立ったとき、心を落ち着かせて静かに物事を考えようという習慣がつきます。そして、私の場合には素晴らしいカンが冴えるように なってきました。つまり、心を鎮めて物事を考える、考え抜くということが習い性になって、鋭い感覚、カンが冴えるようになってきた気がします。実際、その 冴えたカンで物事を決めてきました。
 この場合の「カン」は、当てずっぽうのものではありません。相当研ぎ澄まされ、洗練されたものです。そのカンでもって、海図も羅針盤もない、地図のないところを歩いてきたように思います。

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このページは、前田が2008年7月18日 09:12に書いたブログ記事です。

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