楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する

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稲盛塾長の講話より
 
《 楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する 》

 新しいことを成し遂げるには、まず「こうありたい」という夢と希望をもって、超楽観的に目標を設定することが何よりも大切です。
  天は私たちに無限の可能性を与えているということを信じ、「必ずできる」と自らに言い聞かせ、自らを奮い立たせるのです。しかし、計画の段階では、「何と してもやり遂げなければならない」という強い意志をもって悲観的に構想を見つめなおし、起こりうるすべての問題を想定して対応策を慎重に考え尽くさなけれ ばなりません。
 そうして実行段階においては、「必ずできる」という自信をもって、楽観的に明るく堂々と実行していくのです。

  「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」とはどんな意味だろうと、皆さんはお考えだと思いますが、皆さんは経営者であり、社長ですから、今 度はこういう仕事をしよう、こういう新製品を開発しよう、こういうマーケットでこういうものを売ってみよう、こんなことをしてみよう、ということを必ずお 考えになるはずです。そういうことを思い付くと、当然部下の人達に集まってもらって、「実はこういうことをしようと思うが」と仰るはずです。
 こ のフィロソフィのなかにもたくさん出てくるんですが、私は常に創造的なことを考えていこうとします。昨日よりは今日、今日よりは明日と、次から次へと新し いことを考えていくことが私の習い性になっておりますし、それが京セラのこんにちの大きな発展につながってきました。
同時に、京セラがこんにちまで素晴らしい技術開発をしてきましたのも、すべて「今日よりは明日、明日よりは明後日」と毎日、新しいことを考えよう、考えようと努力してきたからです。
  そういう私ですから、当然「こんなことをしたい」となってきます。最初の頃、幹部3、4人を集めては、よく「昨日思い付いたんだけども、こんなことをしよ うと思う。どうだ?」と聞いておりました。若干難しいこと、今までやっていないような新しいことを考えつくと、必ずみんなに聞いておりました。
 もちろん、そういうことを相談するのは、当社の社員のなかでは一番優秀な連中です。昔ですから、そんなに優秀な人がいたわけではありませんが、相談しました。
 私が優秀な人たちに「実は夕べ、こんなことを考えた。こういうもので、ああいうもので、こんなことをしたいと思うのだが」と、思いが高じて情熱をもって話をすると、必ずといっていいくらい、頭の良い人は冷ややかな目で聞いているのです。
しかし彼らは、「我が社はお金もないのに、技術もないのに、とんでもないことを言い出す」というような顔で、冷ややかな目で私しを見ているのです。
 私は冷ややかな目で見られているものですから、私は一生懸命に情熱を込めて、「そうだろ?」と言う。相手が「そうだ」と頭を振るまで、一生懸命に話をしました。
  私が一生懸命に説得をし、皆が聞いてくれているようだから、わかってくれたのかなと思うと、突然、賢そうな社員が口をついて「いやあ、さっきから聞いてい ると、社長が言われることは、それはそうかもしれないが、いかに仰っていることが無謀なことか、社長はご存知ないんじゃありませんか。その問題は法律的に 禁止されていてて、してはいけないことになっています」と言われました。
 私は法律も何も知らず、調べもしないで、自分でやりたい、やりたいと思うことだけを言っていますから、私の考えがいかに難しいことなのか、いかにとんでもない計画なのか、まったく判らず、反論され、理由を聞くと、私はもう愕然としました。
 このようにして物事が進まなくなってしまうというケースがよくありました。
  私は、頭のいい人達が私のブレーンで、側近でいるということは、非常に大事なことだ、いいことだと最初の頃は思っていたのですが、どうもおかしいのではな いかと思って、あるときから新しい仕事をするときには、賢い人を呼ばないことにしました。ちょっとオッチョコチョイで、ゴマスリで、すぐに私が言うことの 尻馬に乗って「直ぐ相槌をうつ人」そういう人、後先のことも考えないでオベンチャラを言うタイプの人を集めて話をし始めるようにしたわけです。
 私が話をしても皆物わかりが非常によくて、「ハイハイそれは面白いですな。やりましょう、やりましょう」と言ってくれて、私は大変気持ちがいいのです。
 それは非常にムチャクチャに見えるんですが、実は物事を成就し、物事を考えていくときには、そういうものが要るんです。ですから「楽観的に構想し」というのは、バカみたいに楽観的に、構想を練るときには考えましょうということなのです。
 私が、まだ若い、生意気な頃、日立の研究員、200、300人の前で話をしたことがあります。
  「賢い人ばかりでは、ベンチャーなことはできないでしょう。あまりにも賢いから、最初にそれがどのくらい難しいかということを考えてしまうから、取りかか ることもできないのです。本当はどんなに難しいことでも、まず始めなければ成功というものはないのです。どんな難しいことでも、まず最初は着手しなければ ならない。ところが、あまりにも賢いものだから、それがいかに難しいかを知りすぎてしまって手も出なくなる。着手もできない。物事の成功、失敗は、まず手 がけなきゃならないのです。手がけるためには、そういう賢い人は要らないのです」
 私はそういう無茶なことを言って顰蹙を買ったことを覚えておりますけれども、物事を構想するときには「超楽観的」なのです。
 私はそのときに、こういうことも言いました。
 「構想を練るときには、あまり勉強しなかった、気分だけいいという奴を集めて相談をするのが一番いいと思います」
  物事を考えるときには、最初はまず超楽観的に考えるのです。どんな些細に見えることでも本当は難しいんですけれども、それを「やれる」と自分で思い込まな ければいけませんし、周囲の人も「やれる」と思わなければいけません。そのためには難しいことを考えない、ということです。

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このページは、前田が2008年7月21日 09:20に書いたブログ記事です。

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