計画を立てるときは「どのくらい難しいか」を綿密に

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稲盛塾長の講話より
《 計画を立てるときは「どのくらい難しいか」を綿密に 》

 昔のことですから、技術もない、設備もない時に、私は、お客さんに注文をもらいたいが為に「何でもできます」と大ボラを吹きました。
 たとえば、東芝に行って私は次のように言いました。
「当社は技術が揃っていますよ。素晴らしい技術屋もいますし、ですから、東芝さんが新しい真空管を作るために必要な絶縁材料は何でも作れます」
 設備も技術もないのに、「当社では出来ます!」とウソを言って注文を頂いてくるのです。
 私が会社に帰り注文の話を皆にすると、一応皆専門家ですので、その難しさが判り、皆「出来そうもない」と怯えてしまいます。
 しかし怯んでしまったのでは取っかかりも出来ませんから、それをやろう、やれそうだと思うためには、まず楽観的に思わなきゃいけないのです。
  では、頭もあまりよくない、そして楽観的で明るい連中だけで仕事をやっていけばいいのかというと、そうではありません。まず、その連中が「やりましょう、 やりましょう」とみんなの雰囲気を作り、次に、それを本当に成功させていくために、細かい計画を練るときに選手交代をさせるのです。
 明るく、やりましょう、やりましょうと言った連中にやらせるのではありません。計画のときには選手交代をして、ニヒルな連中、ちょっと冷たそうな連中に計画をさせるのです。
 私が、彼らを呼んで、「これをやることに決めた」と言い、そして、「決めたので、それがどのくらい難しいか、全部出してみなさい」と言うと。
 彼らから、「決めたといってもそれはあまりにも無謀です、こういう問題があります、ああいう問題があります」と、次々に出てきます。
  また、「当社にはこういう技術がありません、ああいう設備がありません」と、ネガティブなこと、マイナスなことを彼らは言います。いや、全部言わせるわけ です。 そして、私はそのできないことを全部、自分の頭のなかの一覧表に書き込みます。「なるほどな、これは気が付かなかった、そんなことがあるのか、あ んなこともあるのか、ホントにこれは難しいな」というふうに、私自身、改めて難しさを頭に入れてから計画を練り直します。
 私は、計画を練るときには、最初に「ハイハイ」と相づちを打った連中を入れ、
「やりましょう、やりましょうと言ったけれども、実はこういう問題点があるぞ」と問題点をダーッと挙げて、「そういう問題点があるけれども、これをやるんだ」と言い。決めれば後へは退かず、逃げ道をなくしながらも、楽観的に実行して参りました。
  どこにどういう障害があり、どんな問題があるのか、全部頭に入れた上で、今度は実際に仕事を始めていきます。仕事を始めだしたら、また楽観的に実行してい きます。 当然問題が起こります、が、やっはりあの問題が起こったかと悲観的になったのでは一歩も進めなくなりますから、「それは、元々からそういう問題 が起こることはわかっていたではないか。承知の上じゃないか」と私は発破をかけ、どんな困難があろうとも楽観的にやって参りました。
 楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行するということは誰も言っておられませんけれども、これは新しいことを成すための絶対条件だと私は思っています。
  大企業がベンチャーをできないのは、まさに頭のいい人ばかりいるからなんです。賢い人ばかりいますから、最初からネガティブなこと考えてしまう。つまり、 どのくらい難しいか、どのくらい無謀でムチャなことなのかということから考えてしまって、それを成功させるための法則を知らない。そのためにうまくいって いないのが、一般の大企業の例なんです。
 これは非常に大事なことです。大企業は最初の構想を練るときに悲観的に考えるものだからできない。

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このページは、前田が2008年7月22日 09:23に書いたブログ記事です。

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