《 踏んだ場数が真の勇気をつくる 》
皆さん経営者になったのですけれども、たまたまお父さんが、お祖父さんが事業をやっておられたために、世襲制として自分が継いだ。つまり、社長としての器に値するかどうかは別にして、息子だったから跡を継いだ、孫だったから跡を継いだという人が大半です。
本当は、中小企業の社長はひとつの集団のリーダーなんですから、リーダーには勇気がなければなれないはずで、そういう資質が、そういう素質があったから リーダーとして社長に選ばれたわけではなくて、たまたま運命の巡り合わせで社長になった。そういう人が真の勇気を持っているとは限りません。
私は京セラという会社をやってみて、局面、局面、本当に自分自身に真の勇気がなければ会社経営なんてできるものではないなということを、イヤというほど自分で感じました。
私の場合には、小学校の頃、ガキ大将でもあり、大学時代には空手をやっておりましたので、腕っ節にもある程度の自信がありました。つまり、肉体的な強健さ がいくらかあり、蛮勇に近いほうの勇気ですけれども、そういうものが私には若干あったので、ちょっとやそっとのことではオレは負けんぞというガッツがあり ました。
一般の人はそうではありません。かといって、オレは空手をやっておった、オレは相撲をやっておった、体が強くて向こう意気が荒い。そのために、やらずもがなのケンカを売る。向こう意気が強いものですから、それでもって失敗していくケースをいくらも私は見てきました。
ですから経営者には、本当は細心で、恐がりというものが要るんです。経営者の素養として、「恐がり」というのは絶対条件なんです。怖がらない経営者は下の 下です。何をするにしてもビビってビビって、お金を借りるのでも怖くて怖くて、事業をするのでも怖くて怖くて。そういう恐がりの心は非常に大事なんです。 本当は小心で、恐がりという人が仕事を通じ、経験を通じて、それを私は「場数を踏む」と言っているんですが、場数を踏んで度胸ができてくる。そういう人が 真の勇気を持った人なのです。
ですから私は、今まで会社を経営してくるときに、最初から喧嘩っ早い、度胸のある人はあまり登用しませんでした。 経営のなかでは勇気が要るとは思いつつ、本当はそういう人が要ると思いながら、そういう人はあまり登用しませんでした。本当はビビリで恐がり。その人に、 仕事を通じて場数を踏ませることによって、勇気を身につけさせるということをやってきたわけです。
実は会社幹部の人達に、勇気というか、度胸というか、どうしてもそういうものをつけなきゃならんと、ヒシヒシと思ったことがありました。自慢にもならない話ですが、会社ができて間もない頃です。
ちょうど夏でした、ある仕事を完成させなきゃならないというので、夜中まで仕事をし、仕事が完成して、みんなで「できた!」と声をあげて、幹部十数人で、タクシーをチャーターして、今から比叡山に登りに行きました。
会社の費用で4、5台のタクシーに便乗して、ビールやら何やらを買い込んで比叡山まで登っていきました。深夜でした。比叡山の天辺まで登ったのです。
そのときに、ある幹部の人が、「私は私の車を運転していきます」と言って、自分の車でついてきました。
そして比叡山で気勢を上げたあと、琵琶湖に下りて泳ごうという話になって、タクシーにそのまま乗って琵琶湖へ下りていきました。
そのときにオートバイに乗った暴走族らしき連中が20人ぐらい、行列を組んで走っており、ウチの幹部が運転していた車と暴走族の単車と絡まりそうになって、暴走族の連中が「あの無謀運転のヤロウ、けしからん」となって、単車で追いかけてきまひた。
我々が琵琶湖の湖畔に乗り込んだら、そこへ暴走族の連中20人ほどがバイクで乗りつけて、我々は取り囲まれました。そして棒きれか何かを持って、「さっき、車を運転していた奴、出てこい!」とケンカを売ってきました。
そして、ウチの幹部が引っ張り出されて袋叩きにあいそうになった時、私は飲んでいたビール瓶を握って、一緒にいる社員らに、みんなにもビール瓶を持たせて「みんなで戦おう」と。そして、私が「来てみい!」と、一番先頭を切って出ていきました。
暴走族の連中と小一時間にらみ合い、向こうはすごんでいましたけれども、結局、その気迫に押されて退散していきました。
この話をよく例に引いて、「仲間を見殺しにするのは耐えられない。ケンカは腕力があるから強いというものではありません。まさに度胸なんです、勇気なんです」と言ったことがあります。
《 社長という使命感、責任感が度胸と勇気を奮い起こさせる 》
私が皆さんに言いたいのは、全員に勇気があるわけではありません。怖いことに遭遇すれば、みんな肝っ玉が冷えてしまって、ガタガタ震えてしまう。ですけれ ども、そういう度胸のある連中と同じぐらいに戦えるかどうか。それは社長としての責任感なのです。ケンカをすればイチコロで負けるでしょう。また大きな問 題に処する度胸もありません。ありませんけれども、「私が頑張らなければ」という。たとえか弱い女であろうと、私が表に立って、私がやるという。それは何 を隠そう、肉体的な強さでもなければ、元々持って生まれた度胸でもありません。「社長」という責任感が、それをさせるのです。
前回の話の中で「信念を貫く」という話をしました。信念ほど強いものはありません。
私はこの会社をつくり、従業員のためにも、家族のためにも、この会社を守らなきゃならないという信念、そういう信念があれば、又は使命感、そういうものがあってはじめて人間は恐ろしいほどの勇気が出てくるものなのです。
たまたま親父が会社を始めた為に、長男である私が跡を継ぐ羽目になった。自分にはそれだけの力量があるとは思えないけれども、しかし、親父がつくったこの 会社、従業員もたくさんいる、オレはこの会社を守らなきゃならん。その使命感が、困難な局面に立っても勇気を奮い起こさせるのです。
社長という のは、そういう使命感、責任感というものをかねがね持っていませんと、怖いものだから逃げてしまう、逃げの手を打ってしまう。ですから、私というものは、 社長をやっている私というものはどうあらねばならんか、ということをかねて自問自答しておく必要があります。そうして自分の心を定めておくことがたいへん 大事だと思います。
皆さん経営者になったのですけれども、たまたまお父さんが、お祖父さんが事業をやっておられたために、世襲制として自分が継いだ。つまり、社長としての器に値するかどうかは別にして、息子だったから跡を継いだ、孫だったから跡を継いだという人が大半です。
本当は、中小企業の社長はひとつの集団のリーダーなんですから、リーダーには勇気がなければなれないはずで、そういう資質が、そういう素質があったから リーダーとして社長に選ばれたわけではなくて、たまたま運命の巡り合わせで社長になった。そういう人が真の勇気を持っているとは限りません。
私は京セラという会社をやってみて、局面、局面、本当に自分自身に真の勇気がなければ会社経営なんてできるものではないなということを、イヤというほど自分で感じました。
私の場合には、小学校の頃、ガキ大将でもあり、大学時代には空手をやっておりましたので、腕っ節にもある程度の自信がありました。つまり、肉体的な強健さ がいくらかあり、蛮勇に近いほうの勇気ですけれども、そういうものが私には若干あったので、ちょっとやそっとのことではオレは負けんぞというガッツがあり ました。
一般の人はそうではありません。かといって、オレは空手をやっておった、オレは相撲をやっておった、体が強くて向こう意気が荒い。そのために、やらずもがなのケンカを売る。向こう意気が強いものですから、それでもって失敗していくケースをいくらも私は見てきました。
ですから経営者には、本当は細心で、恐がりというものが要るんです。経営者の素養として、「恐がり」というのは絶対条件なんです。怖がらない経営者は下の 下です。何をするにしてもビビってビビって、お金を借りるのでも怖くて怖くて、事業をするのでも怖くて怖くて。そういう恐がりの心は非常に大事なんです。 本当は小心で、恐がりという人が仕事を通じ、経験を通じて、それを私は「場数を踏む」と言っているんですが、場数を踏んで度胸ができてくる。そういう人が 真の勇気を持った人なのです。
ですから私は、今まで会社を経営してくるときに、最初から喧嘩っ早い、度胸のある人はあまり登用しませんでした。 経営のなかでは勇気が要るとは思いつつ、本当はそういう人が要ると思いながら、そういう人はあまり登用しませんでした。本当はビビリで恐がり。その人に、 仕事を通じて場数を踏ませることによって、勇気を身につけさせるということをやってきたわけです。
実は会社幹部の人達に、勇気というか、度胸というか、どうしてもそういうものをつけなきゃならんと、ヒシヒシと思ったことがありました。自慢にもならない話ですが、会社ができて間もない頃です。
ちょうど夏でした、ある仕事を完成させなきゃならないというので、夜中まで仕事をし、仕事が完成して、みんなで「できた!」と声をあげて、幹部十数人で、タクシーをチャーターして、今から比叡山に登りに行きました。
会社の費用で4、5台のタクシーに便乗して、ビールやら何やらを買い込んで比叡山まで登っていきました。深夜でした。比叡山の天辺まで登ったのです。
そのときに、ある幹部の人が、「私は私の車を運転していきます」と言って、自分の車でついてきました。
そして比叡山で気勢を上げたあと、琵琶湖に下りて泳ごうという話になって、タクシーにそのまま乗って琵琶湖へ下りていきました。
そのときにオートバイに乗った暴走族らしき連中が20人ぐらい、行列を組んで走っており、ウチの幹部が運転していた車と暴走族の単車と絡まりそうになって、暴走族の連中が「あの無謀運転のヤロウ、けしからん」となって、単車で追いかけてきまひた。
我々が琵琶湖の湖畔に乗り込んだら、そこへ暴走族の連中20人ほどがバイクで乗りつけて、我々は取り囲まれました。そして棒きれか何かを持って、「さっき、車を運転していた奴、出てこい!」とケンカを売ってきました。
そして、ウチの幹部が引っ張り出されて袋叩きにあいそうになった時、私は飲んでいたビール瓶を握って、一緒にいる社員らに、みんなにもビール瓶を持たせて「みんなで戦おう」と。そして、私が「来てみい!」と、一番先頭を切って出ていきました。
暴走族の連中と小一時間にらみ合い、向こうはすごんでいましたけれども、結局、その気迫に押されて退散していきました。
この話をよく例に引いて、「仲間を見殺しにするのは耐えられない。ケンカは腕力があるから強いというものではありません。まさに度胸なんです、勇気なんです」と言ったことがあります。
《 社長という使命感、責任感が度胸と勇気を奮い起こさせる 》
私が皆さんに言いたいのは、全員に勇気があるわけではありません。怖いことに遭遇すれば、みんな肝っ玉が冷えてしまって、ガタガタ震えてしまう。ですけれ ども、そういう度胸のある連中と同じぐらいに戦えるかどうか。それは社長としての責任感なのです。ケンカをすればイチコロで負けるでしょう。また大きな問 題に処する度胸もありません。ありませんけれども、「私が頑張らなければ」という。たとえか弱い女であろうと、私が表に立って、私がやるという。それは何 を隠そう、肉体的な強さでもなければ、元々持って生まれた度胸でもありません。「社長」という責任感が、それをさせるのです。
前回の話の中で「信念を貫く」という話をしました。信念ほど強いものはありません。
私はこの会社をつくり、従業員のためにも、家族のためにも、この会社を守らなきゃならないという信念、そういう信念があれば、又は使命感、そういうものがあってはじめて人間は恐ろしいほどの勇気が出てくるものなのです。
たまたま親父が会社を始めた為に、長男である私が跡を継ぐ羽目になった。自分にはそれだけの力量があるとは思えないけれども、しかし、親父がつくったこの 会社、従業員もたくさんいる、オレはこの会社を守らなきゃならん。その使命感が、困難な局面に立っても勇気を奮い起こさせるのです。
社長という のは、そういう使命感、責任感というものをかねがね持っていませんと、怖いものだから逃げてしまう、逃げの手を打ってしまう。ですから、私というものは、 社長をやっている私というものはどうあらねばならんか、ということをかねて自問自答しておく必要があります。そうして自分の心を定めておくことがたいへん 大事だと思います。

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