闘争心を燃やす

| | コメント(0)
稲盛塾長の講話より
《 闘争心を燃やす 》
 
 「真の勇気をもつ」ということと似通っていますけれども、企業経営者は集団のリーダーですから、まさに勇者でなければなりません。リーダーとは勇者です。

 仕事は真剣勝負の世界であり、その勝負には常に勝つという姿勢でのぞまなければなりません。
  しかし、勝利を勝ち取ろうとすればするほど、さまざまな形の困難や圧力が襲いかかってきます。このようなとき、私たちはえてして、ひるんでしまったり、当 初抱いていた信念を曲げてしまうような妥協をしがちです。こうした困難や圧力をはねのけていくエネルギーのもとは、その人のもつ不屈の闘争心です。格闘技 にも似た闘争心があらゆる壁を突き崩し、勝利へと導くのです。
 どんなにつらくて苦しくても、「絶対に負けない。必ずやり遂げてみせる」という激しい闘志を燃やさなければなりません。

 闘争心、真の勇気を持っていないと、「当初抱いていた信念を曲げてしまうような妥協」をしがちになります。私はこうあるべきだという信念を持っていたのに、強い意志がないために曲げてしまうようなことがあります。
 企業経営と格闘技は関係なさそうに見えますけれども、経営者も格闘技をやる選手が持っている闘争心と同じぐらいの厳しい闘争心が要ると私は思っています。

  闘争心というのは、相手をうち負かす闘争心とは違います。この自然界の中で一生懸命生きている、植物、夏のあいだ、来たる冬に備えて目一杯に葉っぱを伸ば し、炭酸同化作用で栄養を吸収し、あの過酷な冬を耐え、春が来れば芽を出す。どの植物も、雑草がたくさん茂っていますけれども、そのすべてが一生懸命、生 きよう、生きようとして生きています。そして草は、隣にある別の草をやっつけようとは思っていません。ある草が葉っぱを伸ばし、一生懸命に生きていこうと すれば、隣の草は日陰になって枯れてしまいますから、その草も一生懸命に生きようとする。相手を負かそうとするのではありません。必死で生きようとしてい るわけです。
 自然界はみんな、闘志を燃やして一生懸命に生きているんです。そして、「もう、ダメだ」と思ったものは全部滅びていきます。自然界というのはそういうものなんです。
 誰が悪い、彼が悪いというのではありません。適者生存なんです。弱肉強食ではなく、適者生存なんです。それに合った人、合ったものが生き残ることができるわけです。
 人間も負けない努力をし、その人がこの世の中に適応して、そして適応した人が生き残っていく。努力しなかった人は絶えていきます。つまり、相手を倒すための闘争心ではなくて、必死で生きていくという闘争心、強さがたいへん大事なんです。

コメントする

このブログ記事について

このページは、前田が2008年7月25日 09:33に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「 踏んだ場数が真の勇気をつくる」です。

次のブログ記事は「自らの道は自ら切りひらく」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。