稲盛塾長講話より
私たちが仕事をしていく上では、その結果が見えてくるというような心理状態にまで達していなければなりません。
最初は夢や願望であったものが、真剣にこうして、ああしてと何度も何度も頭のなかでシミュレーションを繰り返していると、ついには夢と現実との境がなくな り、まだやってもいないことまでもが、あたかもやれたかのように感じられ、次第にやれるという自信が生まれてきます。これが「見える」という状態です。
こうした「見える」状態になるまで深く考え抜いていかなければ、前例のない仕事や、創造的な仕事、いくつもの壁が立ちはだかっているような困難な仕事をやり遂げることはできません。
この項目を京セラフィロソフィのなかに入れましたのは、私が若い頃、研究していたときにこういう経験をし、これは事業経営を進めていくなかでもたいへん大事だと考えたからなんです。
研究をするにあたり、私はまず、こういうものを開発しようとあれこれシュミレーションします。頭のなかで考え続けます。
そうして来る日も来る日も考えていますと、「最初は夢や願望であったものが、真剣にこうして、ああしてと何度も何度も頭のなかでシミュレーションを繰り返 していると、ついには夢と現実との境がなくなり、まだやってもいないことまでもが、あたかもやれたかのように感じられ、次第にやれるという自信が生まれて きます。これが『見える』という状態です」ということになっていくわけです。やってもいないのに、一生懸命に考えているうちに、あたかもやったかのように なってきて、最終的にはその品物が頭のなかででき上がるんです。そしてそれが、事実リアルに見える。そこまで考え抜くわけです。
私たちが仕事をしていく上では、その結果が見えてくるというような心理状態にまで達していなければなりません。
最初は夢や願望であったものが、真剣にこうして、ああしてと何度も何度も頭のなかでシミュレーションを繰り返していると、ついには夢と現実との境がなくな り、まだやってもいないことまでもが、あたかもやれたかのように感じられ、次第にやれるという自信が生まれてきます。これが「見える」という状態です。
こうした「見える」状態になるまで深く考え抜いていかなければ、前例のない仕事や、創造的な仕事、いくつもの壁が立ちはだかっているような困難な仕事をやり遂げることはできません。
この項目を京セラフィロソフィのなかに入れましたのは、私が若い頃、研究していたときにこういう経験をし、これは事業経営を進めていくなかでもたいへん大事だと考えたからなんです。
研究をするにあたり、私はまず、こういうものを開発しようとあれこれシュミレーションします。頭のなかで考え続けます。
そうして来る日も来る日も考えていますと、「最初は夢や願望であったものが、真剣にこうして、ああしてと何度も何度も頭のなかでシミュレーションを繰り返 していると、ついには夢と現実との境がなくなり、まだやってもいないことまでもが、あたかもやれたかのように感じられ、次第にやれるという自信が生まれて きます。これが『見える』という状態です」ということになっていくわけです。やってもいないのに、一生懸命に考えているうちに、あたかもやったかのように なってきて、最終的にはその品物が頭のなかででき上がるんです。そしてそれが、事実リアルに見える。そこまで考え抜くわけです。

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