利他の心を判断基準にする

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稲盛塾長の講話より
利他の心を判断基準にする(京セラ フィロソフィー第2章第3節「正しい判断をする」)

 私は皆さんに、かねてから「いかに正しい判断をするかによって企業経営は決まる」
と申し上げています。
  経営者、経営のトップに立つ人は会社の命運を自分自身の判断によって決めていきます。ですから、常に正しい判断をしなければなりません。もし間違った判断 をすれば、会社が危機に瀕してしまいます。その正しい判断をするための第一番目として、利他の心を判断基準にすることが大切なのです。

 リーダーが持つ最高の判断基準は「利他の心」
  会社で物事を判断する場合、ともしますと我々は直感的に考えて判断をします。 直感的に物事を考えようとすると、どうしても本能で物事を考えてしまいま す。つまり、自分の会社に都合がいいか悪いか、自分の会社が儲かるか儲からないか、その仕事がうまくいくかいかないかというふうに、全部、自分に都合がい いかどうかで物事を判断しようとするわけです。これは普通一般的に、経営者がやっていることです。
 ところが、自分自身にいいということで判断を しますと、それは自分自身にはいいかもしれませんが、その周辺の人、つまり取引きをする相手には悪いかもしれません。極端に言いますと、無知な相手が、あ るものを相場よりも高い値段で買うと言っている。その無知につけ込んで、「本人が買うというんだから、いいではないか。こちらもたいへん儲かるいい商売 だ」と売る。相手は世間相場を知らないために買っただけで、それで何かをしようとした場合には、その相手は必ず損をするのが見えているのです。見えていま すが、「本人がいいと言うんだから、売ればいいやないか」と自分の利益だけを考えて売る。そうすると、必ず相手は困ります。
 しかしながら、利他 の心で判断をしますと、相手のことを考えてあげるわけですから、「ウチはこの取引で儲かるが、相手は今、知らないからこの値で買うと言っているだけだ。あ とで必ず困るはずだ」となって、「あなた、こんなに高い値段で買ってはいけませんよ。私もリーズナブルな値段でお売りしますから、このくらいでお買いにな らなきゃダメですよ」と言ってあげるのです。これは損をしたように見えますが、損ではありません。
 利他の心で相手のことも考える。相手の立場にも立ってあげるという利他の心で物事を判断する事は大切です。京セラフィロソフィのなかでは「あるときには自分自身の犠牲を払ってでも、相手を助けてあげようという心が利他の心だ」と言っています。

 利他の心をもって判断基準にするということは、経営だけに言えることではありません。政治で国を治める場合でも、または学校で先生をする場合でも、リーダーとなる場合には、利他の心で判断することは最高の判断基準なんです。

 利他の心の究極の境地は悟りの境地です。悟りの境地をひらくような修行をしてこられた人が判断される判断基準なのです。
 しかし、我々修行をしていない凡人は、「利他の心で判断せよ」と言われても、何を言っているのかチンプンカンプンで、今日この話を聞いて帰っても、すぐにまた儲かるか、儲からないかと考えてしまいます。それでは何もならないものですから、ひとつ、方法だけを教えます。
  物事を決断しなければならないとき、これを買うか買わないか、これを売るか売らないか、頼まれたものをするかしないか、というようなことを考えるときに、 「オッ、よっしゃ、これをやろう」とフッと思う。最初の直観的判断は全部本能から出てきたものですから、最初に出てきたその思いにちょっとひと呼吸入れる んです。その思いを一度、横に置いて、「ちょっと待てよ。塾長は利他の心で、と言われたんだから、ちょっと待って考えてみよう。自分が儲かるか儲からない かではなく、相手にとってこの取引は良いことか悪いことかを考えてみよう」と、ワンクッション入れる。そして、自分にも、相手にとっても悪くない、取引を する当事者どちらにとっても良いことであればOKするのです。そうしませんと、どうしても自分に都合がいい話にポン
と乗ってしまって、相手にたいへんな不利益をこうむらせてしまいかねないのです。

  利他の心は悟りの境地、最高の判断基準です。我々は悟ってなんかいませんから、それで判断をしようと思ってもできるはずがありません。ですから必ず、物事 を考えるとき、自分で直感的に「いい話だな」と思った瞬間、「ちょっと待て」と自分を抑える。そして「これは相手にとってはどうだろうか」と考えて、相手 にとってもいいと確認したときに結論を出す。つまり、思考のプロセスのなかにひとつ、そういう回路を入れておくことがたいへん大事だと思います。いくら人 間ができていなくても、そういう習慣を付けさえすればできるはずです。

 利他とは、他の人に喜んでもらう、他人を助けるということです。
  利他の心の最高のものは、自分を犠牲にして相手を助けることではありますが、自分を犠牲にして相手を助けるのは一生に一回しかできないわけですね。命がい くらあっても足りませんから。ですから、利他とはいっても、自分もせっかくこの現世に生まれ出てきて、一回しかない貴重な人生を生きている。そのかわり に、周辺の人、森羅万象あらゆるものも、自分と同じように貴重な人生を生きていることを認めることが大切です。
 すべてのものが一緒に共生し、共 存していかなければなりません。そのために、利他の心が要るんです。自分も生きるかわりに、相手も生きてもらう。周辺のもの、すべてのものが生きていくこ とが利他です。最高に美しいものは自分を犠牲にして相手を助けることですが、自分も生き、かつ相手も生きる。地球にある生きとし生けるもの、すべてのもの が一緒に共生して生きていけるようにすること、それが利他なんです。

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このページは、前田が2008年7月10日 08:33に書いたブログ記事です。

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