心に描いたとおりになる

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稲盛塾長の講話です。

心に描いたとおりになる*********
京セラフィロソフィーの第2章第6節「人生を考える」

 ものごとの結果は、心に何を描くかによって決まります。「どうしても成功したい」と心に思い描けば成功しますし、「できないかもしれない、失敗するかもしれない」という思いが心を占めると失敗してしまうのです。
  心が呼ばないものが自分に近づいてくることはないのであり、現在の自分の周囲に起こっているすべての現象は、自分の心の反映でしかありません。ですから、 私たちは、怒り、恨み、嫉妬心、猜疑心など否定的で暗いものを心に描くのではなく、常に夢を持ち、明るく、きれいなものを心に描かなければなりません。そ うすることにより、実際の人生も素晴らしいものになるのです。
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 昨日、「人生を考える」という節で 一番大事な人生の方程式についてお話をしました。その中で、考え方にはマイナス100からプラス100まであると申し上げましたけれども、人生はその考え 方の通りになるということを、この項目で表しているのです。心に描いたものとは、あの方程式でいえば「考え方」そのものであり、その考え方の通りになると いうことです。

 理屈抜きに、宇宙の道理、宇宙の法則を信じる

 「人生は心に描いた通りになるのです。心に描いた通りの ものが現象に顕れてくるのです」ということは、仏教や他の宗教家の方々もよく言われることです。しかし、我々はそれをあまり信じていません。昨日も言いま したように、「考え方」「熱意」「能力」という三つの要素が掛け合わされたものが人生の方程式になるのですが、その3要素の中で一番大きなものが「考え 方」です。心に描いたもの、心に抱いたもの、自分が持っている考え方、思想、哲学、その通りのものが人生となって顕れてくると私は言っておりますから、ま さに人生は方程式の中の「考え方」その通りになるのだということを「心に描いた通りになる」と表現しているわけです。
 これはなぜだと言われても分かりませんが、理屈ではなくて、宇宙の道理、宇宙の法則だと理解してほしいのです。ぜひ理解してください。
  これを否定すれば、昨日から一生懸命に言っております人生の方程式も成り立ちませんし、昨日今日の経営体験談の発表でも、まさに心に描いた通りになってい くということを異口同音に皆さんが仰っている、あの事実も証明できないことになります。あの事実を肯定するのであれば、人生の方程式も当然肯定しなければ なりませんし、また、心に描いた通りになるという項目も肯定していただかなければならないと思います。
 仏教の教えにある因果応報について、私は 「思念は業をつくる」ということを申し上げています。業、カルマとは、因果応報の因です。思念は原因、因をつくる。その原因は必ず結果となって出てきま す。思うこと、考えること、そのことが大事であり、その想念の中に悪いものを抱いてはならない、とお釈迦さまは教えておられます。ヨガの聖人と言われた中 村天風さんも、ゆめゆめ暗い想念を抱いてはならない、と我々に教えておられますが、その通りであろうと思います。
 また、「積善の家に余慶あり」 という中国の言葉があります。善きことを積んでいく、つまり、陰徳を積んでいく家には必ずラッキーが舞い込んでくるという意味ですが、善きことを思い、善 きことを行い、陰徳を積む。我々はよく「徳のある人」「人徳のある人」というふうに、「徳」という言葉を使いますけれども、簡単に申しますと、徳とは利他 の心を持っているということです。他を慈しみ、思いやり、助けてあげる。そういう思いを持っている人、そういうものを実行する人が徳を持っている人になり ます。高い高潔な哲学、思想を持っているから徳が高いというのではありません。人のために世のために尽くすことを生涯の規範にしていらっしゃる方が徳のあ る人なのだと思います。

 因果応報の理はあの世も含めて
 「心に描いた通りになる」と言いましても、私がそのことをみんなに説得 するときに一番困るのは、心に描いたことが直ちに実現しないということです。そのために、宇宙の道理、宇宙の法則を信じてもらおうと思っても、なかなか信 じてもらえません。つまり、心に描いたこと、心に思ったことを実行する。それが悪ければ悪い結果が、良ければいい結果がハッキリと出てこないために、それ を信じてもらうことがたいへん難しいわけです。
 しかし、短くて10年、長くて30年、そのくらいのスパンで見ていきますと、因果応報の辻褄は大 体合うように思います。お齢を召している方は、自分の若かった頃、現在、20年、30年というスパンで、あの当時はこうだった、ああだったと振りかえって みてください。または、友達はこうだった、ああだったと振りかえってみてください。そして現在どうなっているのか。自分の知る範囲において見られれば、わ かると思います。
子供の頃にたいへん苦労をされて、途中で非常に良くなり、そしてまた晩年落ちぶれていった人もいます。子供の頃から学校を出るぐ らいまでずっと裕福で幸せな家庭で育てられたけれども、社会に出てからあと、大変苦労されたという人もおられるだろうと思います。人生は千差万別ですけれ ども、短くて10年、長ければ30年ぐらいのスパンでその人の人生、つまり、その人の心の状態と結果とを見ていけば、辻褄は合っていると思います。ですか ら、心に描いた通りになりますよと言っても、今、描いたからすぐにそうなるというわけではありません。一生というスパンで見ていけば、忠実にそうなってい きます。そういうことを私は強く感じます。
しかし、それでも合わない場合があるのです。ピタッと合うようになっていれば、みんな有無を言わさずに 「参りました。今後は言うことを聞きます」ということになるのですが、そうでないものだから、「いやあ、稲盛さんはああ言うけれども」と眉つばで聞いたり する人がいる。困ったなと思っておりました。
 そこで何度か皆さんに、シルバー・バーチというインディアンの霊の話をしたことがあると思います。 イギリスのロンドンで降霊術をやっている町医者が書いた『シルバー・バーチの霊言集』という本がありますが、町医者の人が霊と現世とをつなぐ霊媒となって 喋る降霊会というものをやっておられます。ロンドンではそういう所が何ヶ所かあり、趣味のようにしてやっておられるそうです。
 町医者の名前は忘 れましたけれども、週末降霊会を始められると、いつも同じ霊が出てくるわけではないらしいのですが、そのお医者さんが霊媒となって瞑想して、ある精神状態 になったときに、しょっちゅう出てくる霊がシルバー・バーチというインディアンの霊。相当レベルの高い、人格の高い人らしくて、素晴らしいことを教えてく れるのだそうです。そのシルバー・バーチが喋ったことを記録したものが、『シルバーバーチの霊言集』という本であります。
 何冊も読んでいるうちに、一行か二行、シルバーバーチが「心に描いたとおりになる」という項目に関連したことを言っているものが出ていました。
  「現世で悪いことをしたり、いいことをしたり、悪いことを思ったり、いいことを思ったりすると、因果応報で、その通りの結果が出るとは誰も思ってはいない でしょう。思っている人は少ないはずです。しかし、霊界にいる私から見ると、現世では辻褄が若干合わなくても、あの世までをスパンに入れれば、もう寸分の 狂いもないぐらい、その人が思った通りになっています」
 たった二行ほどです。スルスルッと書いてあっただけですが、私はハッと驚きました。確か に現世ではすべてがすべて、こういう原因があればこういう結果が生まれるという風にはならないかもしれない。悪い人がのさばっておったり、いい人があんな に苦労をしたりしている。しかし30年ぐらいのスパンで見れば、された苦労はその人が大きく飛躍するために神が与えてくれたいい意味での試練であって、そ の後、素晴らしい人生を過ごしておられる。因果応報、なるほどなと思えます。
 また、悪い人が裕福でうまくいっているように見えたけれども、まさ にそれは、次にその人が落ち込んでいく前哨戦であったのだということもわかるようになります。それでも若干辻褄が合わない点も出てくる。それが、『シル バーバーチの霊言集』を読んでわかったのです。そこまで長いスパンで考えれば寸分の狂いもないという。よくわかるような気がします。

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このページは、前田が2008年8月 8日 23:55に書いたブログ記事です。

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