『値決めは経営である』 その2

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稲盛塾長の講話です。


夜泣きうどんの商いに、値決めのすべてが顕れる
 では、どうして値決めがそこまで大事なのか、簡単な例で具体的に申し上げます。
 私は地方の工場へ向かう途中、お昼時になると道路沿いのそば屋さん、おうどん屋さん、ラーメン屋さんに飛び込みます。
  特に田舎の場合、お昼時を外した1時ぐらいに飛び込みますと、ガランとしており「ごめんください。ごめんください!」と言うと、奥のほうからおばさんがヌ ウッと顔を出し、「何ですか?」てな顔をしているわけです。「いらっしゃいませ」だとか、「何にしましょうか」ぐらい言えばいいのに、ヌウッと出てきて怪 訝な顔をしているのです。こちらが「おうどんはできますか?」と言うと、「はあ。何にしますか?」とブスッとしたまま答えるのです。
 きつねうどんを注文し、感じが悪いなと思って座っていますと、大体生ぬるいうどんが出てくるんです。最初から印象が悪いものですから、食べてみると、やっぱりマズいのです。そのくせ、値段は京都の辺で食べるのとあまり変わらない、400円、500円取られます。
 1時ちょっと過ぎているとはいえ、ひとりもお客さんが入っていない。おばさんが奥からヌウッと出てきたところを見ると、先ほどもお客さんがいなかったであろうということがありありとわかるわけです。

  私は、この田舎で、京都の町中と同じような値段のうどんをなぜ出すんだろう、といつも思うんです。お客さんも近辺の人で所得の低い人でしょうから、500 円では高すぎて食べられないはずです。だから、お客さんは来ない。来ないから、ではどうするのでしょう。何ヶ月か後また入ってみますと、500円から 550円に値上がりしていました。
 おばさんにしてみれば、一杯500円でお客さんが来ないため採算が合わず、これでは困ると値上げを行う。する とさらにお客さんが来ないという悪循環になるのです。 つまり、値決めとは何なのかということをわかっていませんから、「いやあ、きつねうどん一杯500 円ぐらいのもんですよ」と、ただ決められるだけ。そういうケースがあまりにも多いんです。

 私は京セラを始めましてから、役員に登用するとき、大学を出ていっぱしの理屈を言う人達を役員にするのではなく、ビジネスの原点がわかっている人達でなければ役員にするのはやめようと思いました。

 そこで、夜泣きうどんを売らせようと思ったことがあるんです。実行はしませんでしたが「ウチの会社の重役にするときは試験をします」と、次のようなことを言ったのです。
  「大八車に夜泣きうどんのセットを作って、元金5万円ぐらいを渡しておく。毎日その大八車を、昼でも夜でもいい、引っ張って歩いて、何ヶ月か後に元金の5 万円をいくらにして持って帰ってくるか。もちろん、その間は会社で給料は払うし、会社には一切出てこなくてよろしい。その5万円を元手に、どこまで増やす ことができるか、試験をします」
 なぜ、そういうことを私がしたいか、そのタネ明かしまでして、みんなに言いました。

 おうどん屋の屋台を引っ張って歩いてもらおうと思っているけれども、そのためにはまず、うどんを作らなきゃいけません。
  おうどんというのは、素うどんにしろどんなうどんにしろ、ダシが美味しくなければ誰も食べてくれない。そうすると、どういうダシを出すのか。鰹なのか、昆 布なのか、いや、鰹と昆布を使っていいダシを出そうという人もあるでしょう。そのときにはどういう昆布を使うのか。安い昆布を使うのか、高い昆布を使うの か、いろんな昆布がありましょう。ダシだって、何を使うのかによってダシの違いも出てくるでしょう。
 次には、ネギはどこから買うてくるのか。そ して麺はどうするのか。普通のスーパーで買って使うか、乾麺を買ってきて、自分で湯がいて一人前ずつ丸めて使うか。いやいや、そんなことをするぐらいなら 手打ちだという人もいるでしょう。自分でメリケン粉を買ってきて、自分で麺を打ったほうが安くあがるだろう、と考える人もいるかもしれません。いろんな選 択肢があります。つまり、おうどん一杯といっても、ダシも全部含めて、原価というのは千差万別、経営する人によって違ってくるわけです。
 苦労して安いものを仕入れ、苦労して夜通しかけてダシを出して作れば、原価は100円もかからないのじゃなかろうかと思います。
  では、値段はいくらにするのか。値決めです。原価が100円ぐらいしかかかっていないのだから、200円で売ろうと思うのも勝手なら、300円で売ろうと 思うのも勝手、400円にしようというのも勝手です。先ほどの地方のおうどん屋さんのように、500円にしようと思うのも勝手なら、値決めは自由なんで す。自由なんですが、さあ、どの値段でやったら一番うまくいくのかということが問題になるのです。

 また、今度はその夜泣きうどんの屋台 を、どの辺で引っ張って歩けばいいのか。売れないところをいくら歩いたって売れるものではありません。スナックやらバーなんかがある繁華街なら、夜、酔っ 払いが食べにきてくれるというので、繁華街の外れで構えて待っている人もおるでしょう。いや、その繁華街に行くまでに、学生街をまわって、夜、勉強してい る学生に素うどんを安く売って、相当売ってくる人もいるでしょう。繁華街の女性やら酔っ払いが食べにくるのは精々11時過ぎだからと、11時以降に屋台を 引っ張っていく知恵のある人もいるかもしれません。つまり、どこで何を売るかということです。何時の時間帯にはどこに売りに歩くか。これもその人の才覚な んです。
 そうなれば値決めも変わってくるでしょう。学生街で安く売ろうと思う人は、原価は100円だけども200円で売って、数で勝負しようと するかもしれません。非常に美味しいおうどんにして高い値段を付けて、数は少なくても利益が出るようにしようという人もいるでしょう。つまり、それは全部 値決めであり、それが経営をすべて支配しているわけです。

 利益を出して帰って来られるかどうか。3ヶ月なら3ヶ月間、夜泣きうどんを引っ張って歩いて利益が出た。そういう人が、商才があると言える人であって、そういう人を京セラでは役員にする。

 そういうことを言い続けましたが、一回も実行はしていないんです。

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このページは、前田が2008年8月14日 00:51に書いたブログ記事です。

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